第4話 メイドの意地は崩れやすい
一階にはリビングとキッチン、風呂があり、二階には蒼の部屋と物置部屋、それに両親の寝室がある二階建ての一軒家。これが我が家である。
両親が出張で日本を離れてから6か月少々、蒼はそんな家に一人きりで住んでいた。最初のころはあこがれの一人暮らしに蒼の心は踊っていたが、時間の経過とともにそんなまやかしは消え去った。
毎日の家事、買い物に学校の宿題。正直うんざりである。
だがしかし、なんてことだろうか。今蒼の目の前には料理を作る美少女メイドの姿があり、自分はそれをソファから眺めるだけ。控えめに言って最高だ。
「もう少しでできますのでお待ちください。」
蒼の視線に気づいたのかエインは蒼の方に目線を移し料理の進捗を少々の笑顔とともに報告した。
「はーい。」
蒼は笑顔を返すように、にこにこしながら答えてテレビの電源を付けた。
エインの言った通り、あれからほどなくして料理はテーブルの上に並べられていた。
「どうぞ、召し上がってください。」
エインは蒼の椅子を引き、蒼を料理の前へと座らせる。
そして自分はというと、そんな蒼の背後に姿勢をよくして立っていた。
「エインは食べないの?」
「いただきますよ。」
ロボットなので食べれるか疑問だったが、一応食べられるらしい。
「ですが、私は蒼様のメイドですので、私が食事をいただくのは蒼様のお食事が終わってからのことです。」
メイドとはそういうものなのだろうか。蒼にはそれが少し寂しい気がした。
「一緒に食べようよ。俺もそっちの方が楽しいからさ。」
エインは一瞬戸惑いを見せ、少しの間沈黙を続ける。
「あ、蒼様がそうおっしゃるのでしたら。」
沈黙の後、彼女はテーブル越しに蒼と向き合う形で座る。エインが椅子の方に移動する際、彼女にしっぽが生えてそのしっぽがぶんぶん振られているように見えたのは俺の見間違いなのだろう。
それにしてもめちゃくちゃうまそうだ。蒼はエインが椅子に座るのを確認してからテーブルの上に置かれた料理たちを見る。
カレーは家にあったごく普通のカレーのルーを使ったし、食材も特別なものを使っているわけじゃない。
サラダも以下同文なわけだが、なぜか今まで食べてきたどんなものよりもピカピカと輝いて見える。
「め、めっちゃうまそうだな。」
蒼は目の前の宝石たちを見てつい声が漏れてしまった。
「あ、ありがとうございます。」
今のエインの反応は今までのどの反応よりもわかりやすく照れているのが蒼には分かった。時々蒼にだけ見せる彼女のこういった感情表現が、蒼にはどうしてもプログラムされたものだとは思えなかった。
今も顔を赤くしうつむいている。かわいいな、ちくしょう。
「じゃあ、そろそろ、食べようか。」
「は、はい。」
この甘酸っぱい雰囲気に二人は顔を赤くしながらも、どうにか空気を和まそうと必死になっている。
「い、いただきます。」
しばらくわちゃわちゃしていた二人だが、だんだんと冷静さを取り戻し、顔の熱が少し引いてきたところで二人とも手を合わせてからスプーンを取り、カレーを食べ始めた。
蒼のメイドとの初めての食事は、どんなスパイスよりも刺激的なものになったのだった。
食事が終わりそれぞれ風呂に入り寝支度を整える。最近のAIロボットはここまで人間と同じ生活ができるらしい。時計の針は二本仲良く12を指している。
「明日も学校だしそろそろ寝ようか。」
蒼は髪をかわかし終えたエインに欠伸をしながら自身の眠気をアピールする。てかパジャマ姿めっちゃ可愛いな。
「?蒼様?いかがされましたか?」
蒼がエインの水玉のパジャマ姿に見とれていると、エインは髪をとく手を止め蒼を心配そうに見つめる。顔を覗き込むようにして近づいてくるエインからは石鹸のいい匂いがした。
「べべ、別に!それよりまだエインの布団とかないから今日のところは親のベッドでいい?」
「いえ、私はソファをお借りできれば十分ですので。」
エインは蒼の提案を軽く頭を振って拒否する。
「だーめ。体調崩したらどうすんだよ。」
「メイドは体調崩しません。」
エインはかたくなにベッドを使おうとしない。あ、そっか。このメイドさんロボットだったわ。蒼は自身の勘違いをつかって都合よく解釈した。
「でも充電とかって大丈夫なの?(電気的な)」
「はい、ソファで十分充電できます。朝には満タンです!(体力的に)」
互いの勘違いが交差し、なぜか会話がかみ合ってしまう。
「んー、でもやっぱダメ!俺がいやだ。もしエインがベッドで寝ないなら俺もベッドで寝ない。」
「!、そ、それはだめです。」
「じゃあ、ちゃんとベッドで寝ること!いいな?」
「はい...」
蒼が少し考えるそぶりを見せてから捨て身の切り札を使うと、エインは少し抵抗するもすぐおとなしくなり、蒼の命令に従った。
「んじゃ、おやすみ。」
「はい、おやすみなさい、蒼様。」
それからすぐに二人で二階に上っていき蒼の部屋の前で別れる。
「ぶはああ、疲れた。」
蒼は自室の扉を開くなりすぐにベッドに飛び込んだ。
「今日はこの一年で一番忙しい日だったな。」
蒼がベッドに寝転がり今日の出来事を振り返っていると、廊下ですごい物音がした。
蒼がその音に驚き扉を開こうとするのと、誰かが蒼の部屋の扉を開いたのはほとんど同時だった。
蒼の目の前には髪は乱れ、涙目になりながら枕を両腕でぎゅっと握りしめるエインの姿があった。
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