第3話 初めての帰り道


「んじゃ、また明日。」

「んー。」

蒼たちは校門を出ると魁人と別れた。蒼たちとは、当然そこにエインも含まれるからである。

それからしばらくの間、蒼たちは無言のまま歩き続けた。昨日はあんなにべたべた触れたのに、目線も合わせて、話すことだってできたはずだ。

彼女をこうも意識してしまうのはこれから同居するという事実が脳裏に刻まれているからだろうか。

蒼は自身の気持ちの変化に多少の動揺を感じた。

外はもう夕暮れ、先ほどまで電柱の上でつつきあっていた鳥たちはいつの間にか飛んで行ってしまっている。

隣を見れば夕暮れの中でも存在感を薄めることのないエインの姿があった。エインも視線に気づきこちらに顔を向け、2人の目線が交差する。とたんに二人は違う方を向き、また静かなひと時が始まった。

「...蒼様。冷蔵庫の中に今日の二人分のご夕食を作れるぐらいの量の食材はありますでしょうか。」

そんな中、静寂を破ったのは意外にもエインの方だった。

「あ、ああ...どうだったかな。あんまり自分では料理しないから、多分ないと思う。」

蒼はエインの唐突な発言に驚きながらも会話のキャッチボールは怠らずきっちり返す。

エインに対するこの口調は調子に乗っているわけでは断じてなく、エインが自分には敬語は必要ないとわざわざ言ってきたからだ。

「では、これから少し買い物に行きたいと思っているのですが...。」

すると、これまた突然の買い物デートのお誘い。

落ち着け、相手は美少女とはいえロボットなんだ。

蒼は自分にそう言い聞かせ平静を保とうとする。

「分かった、じゃあすぐそこのスーパーにでも行くか。」

蒼はなんとか冷静に誘いを了承できたことにほっと胸をなでおろす。

「ありがとうございます。」

エインは蒼に軽く一礼し、二人はすぐそこにあるスーパーへと向かった。 

夕暮れに染まる空の下、彼女の顔は少し赤らんでいた。



「はぁぁぁ、着いた。ただいま我が家。」

蒼は自分の家である一軒家をみて安堵し、両手にある荷物を落としてしまいそうになる。

「すみません、蒼様。スーパーがあそこまでのものとは思いませんでした。」

二人とも疲労困憊の表情を浮かべていた。

原因は二人がスーパーに買い物に行ったときに遡る。

蒼とエインが自動ドアを通りスーパーに入ろうとしたとき、突然室内放送がかかったのだ。それは卵の大幅値下げを知らせるまさに合戦の合図であった。

その合図をきっかけに数多の戦いを潜り抜けてきた猛者たち(主婦たち)は一斉に卵が陳列される場所へと猛ダッシュをする。

ここまでは特段大したことはない、なぜなら蒼は卵のストックが家にあることを知っていたからだ。

だが、それを知っていたのは当然その家に一人で住んでいる蒼だけ、エインが知っているはずもない。

蒼がこの事実に気づきエインを止めようとしたときにはもう手遅れだった。

エインは猛者たちに交じりとたとたと走り始めていたのだ。

さて、ここからが地獄の始まりであった。

当然のことだが、あんな屈強の戦士たちの中、エインが戦えるはずもない。エインは人の波にのまれ、その姿はいつの間にか蒼には見えなくなってしまっていた。

蒼が人をかき分けエインを救出するころにはエインは目を回していた。

そうして疲れ果てた二人は残りの買い物を早急に済ませ家へと帰っていったのだった。おしまいおしまい。

「いや、あれは冷蔵庫の中身をちゃんと言わなかった俺も悪いし。」

蒼は少し申し訳なさそうにしょんぼりとしているエインに笑ってそう答える。

「とりあえず中入ろう、俺もうくたくただ。」

蒼は自身の疲れを最大限にアピールしてから、鍵を開け家の扉を開ける。

前途多難な同居生活に少しワクワクしながら。

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