第5話 メイドのわがまま


「ど、どうした?あっちの部屋でなんかあった?」

蒼は扉の前でふるふると震えているエインに問いかける。

「す、すみません。八本ぐらい足があるむ、虫みたいなものが天井から私の枕の横に落ちてきて。私、怖くて。」

エインはたどたどしい口調で起きたことを話す。どうやら彼女は蜘蛛に驚いたようだ。スーパーのことと言い蜘蛛と言い、彼女は知らないことが多いらしい。

「あー、それ多分蜘蛛だ。今から俺が取りに行くよ、って、え、エインさん??」

エインの悩みの種を追っ払うべく歩き出した蒼の服の裾をエインはつかみ離そうとしない。

「すみません、私、蒼様のメイドなのに。迷惑をかけていることは重々承知しているのですが...今は、今だけはどこにもいかないでくれませんか?」

ロボットにも怖いものがあるらしい。彼女は本当におびえるようにして蒼に懇願する。それを見て蒼はエインの頭に手を置き、撫でた。

「っ!」

エインは一瞬びくっとするもすぐに安心して気持ちよさそうにしている。彼女はロボットなのだ。それでも蒼は彼女を助けてあげなければならない気がした。助けてあげたいと思った。

「エインはさ、もっと人に頼ってもいいんだよ。そういう気持ちがまだわからないかもしれないけどさ。」

「頼る、ですか。私にはその気持ちはわかりません。でも、多分頼ってしまえば私はメイドとしてだめになってしまうと思います。」

蒼は頭を撫でながらエインに笑顔を見せる。

「それでいいんだ、お互いに助け合っていけば。」

「私、多分すごいわがままだと思いますよ?」

「俺のがわがままだから大丈夫。」

二人は見つめあい、それから笑いあった。

蒼は彼女の心からの笑顔を初めて見た気がした。

「そろそろ落ち着いた?」

ほんの少し間をおいて蒼が尋ねるとエインは少しうつむく。その時エインの耳が赤くなっていたのは暗かったせいで蒼にはわからなかった。

「はい、もう大丈夫です。ありがとうございます...あの、その...一つわがままを言ってもよろしいですか?」

「ああ、いいよ。」

エインは顔を上げて蒼の目を見る。

蒼は彼女が早速自分にわがままを言ってくれたことが嬉しくてつい笑みをこぼしてしまった。

「そ、その。今日は一緒に寝ていただけませんか?」

「...え???」

枕を抱く力を強め、顔を真っ赤にした彼女の口から放たれた言葉に蒼は間抜けな返事を返すことしかできなかった。

「ダメ、でしょうか?」

エインはそんな蒼の返事を聞いて暗い中でもわかるぐらいはっきりと落ち込む。

「い、いや、まあ。その、なんだ。」

蒼はどうにかこの状況を打開する革新的な一手を探す。だがそんなものをエインが待ってくれるはずもなく、彼女はさらに落ち込んでいった。

「わ、わかった!一緒に寝よう。」

そんなエインを見ることが耐えられなくなった蒼は肩を落とし、とうとう白旗を上げた。

「ありがとうございます!」

エインは嬉しそうに蒼に一礼する。

「まあ、とりあえず寝ようか。」

「はい。」

そう言って二人は同じベッドに寝転がった。もともと一人用なだけあって、小柄な女子と二人であろうときついことに変わりはなかった。

逆にエインはそんな状況を嬉しそうにして、顔を蒼の胸にうずめている。小動物のようでとてつもなくかわいい。

「それじゃあ、おやすみ。エイン。」

「はい、おやすみなさい。蒼様。」

二人は目を閉じ、エインからはすぐに寝息が聞こえてきた。

蒼は、いくらロボットとはいえ美少女と同じベッドで寝ることにドキドキが止まらなかった。

こんなドキドキしては寝られるはずがないと思っていた蒼だが、疲労のせいかすぐに夢の世界への扉が開いた。

そして二人は深い眠りに落ちていった。

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