最終話

「皆さん、入って。順番に席に着きなさい。指示があったらそれ通りに動く事。いいですね」

先生に言われ、皆は各自椅子に座ったが、一様に不安そうな表情を浮かべている。

ついに卒業テストが始まったのだ。

(あの先で…)

目の前の大きな鏡を睨みつける。

あの向こうでは吐き気がするようなことが今まさに行われているのだ。

放送が鳴って、起立するように言われる。

「これより、卒業テストを始めます」

テストは聞いていた通り簡単なものだった。

立ったり座ったり、笑顔になったり、椅子の周りを一周したりとわかりやすい指示ばかりだ。

そして、30分しない程度の時間で私たちは部屋から出るように指示された。

(終わった…あとは先生に任せるしかない)

「なんだか簡単だったね」

「結果は午後にすぐわかるみたいだよ」

クラスに戻っても、卒業テストの話で持ち切りだ。

皆の顔を見る事ができない。この後選ばれた子は夫となる人の写真を受け取るのだろう。

「これで私たちも、安定した暮らしと、地位、財産、全て手に入るんだね」

そういう彼女たちが可哀そうに感じるのはおかしいのだろうか。

彼女たちは今まで信じていたそれらを確かに手に入れることはできるのだ。

それが本人たちの意図する形ではないにしろ。

少し前に座る鬼灯さんが祈るようにして手を胸の前で組んでいるのが見える。

彼女もまた、今後の人生がかかっている。

(何が、本当の幸せなのか)

「瑞樹さん」

「!?」

教室の前の方から先生が私を呼んだ。

「貴女はこちらに」

皆が動揺しているのがわかる。ざわつく教室、そして私に向けられる視線。

ここで私だけ呼ばれたという事は、きっと作戦がうまく行ったのだろう。

「瑞樹ちゃん、もしかして…」

「大丈夫。行ってくるね」

不安そうに牡丹が私を見つめる。そして私も急に不安になった。

本当にこれでよかったのだろうか。皆と同じように流れに身を任せて卒業した方が幸せだったのではないか、何も知らない方が良かったのではないか、そんなことが頭をよぎる。

教室を出て、先生が他の部屋に私を案内した。


「瑞樹さん、計画はうまく行ったわ。これからよろしくね」

扉を閉めるとすぐに先生は言った。

「先生…、私、すごく不安になってきました」

「…」

「知らない事を、真実を知った方がすっきりすると思ったのに…、結局悩みは増えるばかりで、この選択が正しかったのか、私に何ができるのか不安なんです」

今まで一緒にいた仲間を裏切ったのではないか、この学校を変えてやると思っても自分にはそんな力ないのではないかと思う時もあった。

「…でも、やるからには、全員助けます」

それでも、搾取されるだけの人生が嫌だったのだ。

(私は商品ではない。誰かのための装飾品でもない。私の体は、心は私の物)

ぐっとスカートを握りしめる。ここからは、私の意志で行う事。

学校に支配されるのではなく、自分の意志で進むのだ。

「必ず、変えましょう。陽花先生」

先生は薄く笑って、心強い仲間ができたわ、と私の頭を撫でた。





「この学校を卒業すれば、安定した暮らしと、地位、財産、全て手に入るのですから」

そう言うと一人の生徒と目が合った。

真っすぐな眼差しは、何か言いたげだ。

手帳を閉じて、私は教室を後にする。コツコツとピンヒールの音が廊下に鳴り響いた。

「先生っ」

呼ばれて振り向けば先ほどの生徒がいた。

「手紙を見ました」

「…そう」

「瑞樹先生は、仲間なんですよね」

彼女は制服のポケットから一枚の紙を取り出して私に見せる。

そこには、昔私が書き残した言葉があった。

『花束から抜けだしたいなら、私を頼ってほしい。あなたと同じで、この学校を変えたいと思っている』

文の最後には私のフルネームが記載されている。

「そうね…あなた真実を知る覚悟はあるかしら」

ごくりと彼女が唾を飲み込む音が私の耳にも入る。

けれど真っすぐな瞳が私を捕らえて離さなかった。


「当たり前」


彼女もまた一歩を力強く踏み出した。あの時の私と同じように。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

白の規律 野中りお @tomato0212

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ