第17話

これはまだ私が少女だったころ。

白のワンピースが、その艶やかな髪が、陶器のように白い肌が私をおかしくさせたのか。

それとも、最初からそうだったのかもしれない。


『綺麗ね』

そう私に声をかけてきたのはクラスメイトの一人。

ほほ笑む姿は本当に聖女のようで、黒いストレートの髪が私をのぞき込むとサラリと肩から落ちた。

『あなたの目、綺麗ね』

色の薄い瞳は、人よりも茶色く、太陽の光に弱いため不便にしか思えなかったが、そう言われると悪い気はしない。

『ありがとう、初めて言われたわ』

『私たちあまり話したこと無かったわね。卒業まであと3ヵ月。このままお別れなんて寂しいわ。少しお話ししましょう』

確かに、彼女と話す機会はこの3年間で数えるほどしかなかった。

なぜなら、彼女を崇拝している子たちがいつも周りを囲んでいたからだ。

“崇拝”といっても、その美しい容姿や身のふるまいに憧れた女の子、という印象だ。

側にいれば自分も彼女と同じようになれるのではないかと錯覚しているのか、いつも彼女をマネする数人の子たちに嫌悪感を抱いていた。


『いいけど…あの子たちは良いの?』

『皆はいつもお話ししているから』

少し遠くからこちらを見ている彼女たちの視線が突き刺さる。

その日から彼女は私に必要に近づいてはたわいもない話をした。

『なんであなたが好かれるのかわかる気がするわ』

『どういう意味かしら』

『いつも周りにあの子達がいるのがわかる』

優雅な仕草は見ていて飽きないし、話も面白いだけでなく、謙遜や相手の評価もしっかりしている彼女は隣にいて居心地がいい。

『私なんて、まだまだよ』

少し上を向いた彼女は目を閉じてふぅ、と息を吐いた。

その首筋が妙に色っぽく感じてしまう。

『綺麗…』

思わずつぶやいた言葉を聞き取ったのか、彼女は私の頬に手を当ててクスリと笑った。

『あなたの方が、綺麗よ。私、あなたのその瞳、すごく綺麗だと思うわ』

ドキリと心臓が跳ねる。下唇を少しだけ噛んで、それを落ち着かせようとしていると、彼女は立ち上がって遠くへ行ってしまった。

その日から、彼女の事が頭から離れなくなった。

彼女に話しかけられると嬉しいし、鼓動が早まる。少しでも自分の側にいて欲しいと独占欲さえ出てきたのは卒業の1か月ほど前だ。

それなのにその日から彼女は私に話しかけてはくれなくなった。

(どうして)

いつもの取り巻きが彼女と楽しそうに笑っている。

(もう、私はいらないの?)

そもそも、話しかけてくれたのも彼女の気まぐれだったのだ。

今までの日常に戻っただけなのに寂しさを覚える。

その間にも卒業までのカウントダウンは進み、残りは1週間。

このまま彼女と離れ離れになるのは嫌だった。

この思いを持ったまま卒業後の人生を歩める気もしなかった。それほど私にとって彼女は必要な人物になっていたのだ。このたった3か月の間に。

そして、この思いが、クラスメイトとしての“好き”ではない事もわかっていた。

(まさか、私が同性愛者だったなんて)

彼女に言ったら否定されるだろうか。いや、彼女はそんなことはしない。聖母のようなあの子はきっといつものように薄く微笑んでくれるはずだ。

私は彼女を廊下に呼び出した。

この白いマリア像のような銅像の前ですべてを打ち明けよう。

『私、あなたが好き。返事が欲しいわけではないけど、それだけは伝えたかったの』

今でこそなんて自分勝手なことをしたのだと思う。

言った私はすっきりするかもしれないが、言われた彼女の事は当時考えていなかったのだ。

それでも彼女は私の予想通り薄く微笑んで、ありがとう、とだけ言ってくれた。

彼女が私の前から居なくなった後、私は白い女性の像に手を合わせた。

『私、あの子が好き。初めて人を愛したわ』



そして、私は卒業テストに落ちた。

『どうして…』

個室に呼び出され、担任の先生からこれまで私にかかった費用の紙が手渡された。

そこには莫大な金額が記載されており、これの支払いを命じられた。

『そ、そんなのかえせない!!』

『貴方には選択権があるわ。利子が無いままこの学校のために働いて返済していくか、それとも学校以外で働くか』

私に選択権は無いようなものだった。この莫大な金額に利子なんかついたら一生返せる気がしない。

『はぁ…。まったく。あと1週間だったのに』

『え?』

『どうして告白なんかしたのよ』

先生のその言葉を聞いて、私の心臓は一瞬止まった。

なぜ知っているのか、あの時周りに誰かいたのか走馬灯のように記憶が流れたが思い出せない。

でも、卒業テストに落ちた理由だけはこれで明白になった。

学校側に付く選択をすれば、その後この学校について色々教わることになった。

そこで、私の告白は監視されていた事、他のクラスメイトは皆嫁いでしまった事を知った。



ピピピピ、と機械的な音で目が覚める。

枕元にあった目覚まし時計を止めてテレビをつける。

そこには、あの時の彼女が新しいドラマの宣伝をしているところだった。

彼女は、女優になり幸せに暮らしているようだ。

それだけで少し救われる。


「随分昔の夢を見たわね…」

あの生徒と話したせいだと思いながら私は学校に行く準備を始めた。



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