第12話

一つ、クラスメイトは仲間である。大切にすること。


香澄ちゃんの話が聞けないとなると、罰則部屋の事を聞くことは不可能だ。

そもそも罰則部屋に行く生徒自体がまれなのに、あそこまでされてしまっては聞くことはできない。

(なんなら、私はすでに目を付けられている可能性だってある)

(鬼灯さんの事も気がかりだし)

何もしないで、というのはその人に注意する時に言う言葉だと思う。

現在私は鬼灯さんに直接迷惑をかけた記憶はないし、不安そうな目をしていたのも気がかりだ。

今まで接点はなかったのに、図書室の件から廊下やトイレで鬼灯さんに会う回数が増えたのもおかしい。

(1年生の時の彼女…)

どんな感じだったか。言葉を交わしたのはノートの回収の時や必要な時だけ。

世間話をするような関係性ではない。

クラスにいる彼女も、ただいつも真剣に本を読んでいる姿しか思い出せない。

(何もしないで、は確実に今の私の行動に対してだよね)

彼女が何か知っているのは間違いない。

ただ、私と同じ時に入学した彼女が何か知っている可能性はあるのだろうか。

(なにか、カマをかけてみるか)

彼女がどこまで何を知っているかはわからないが、もし何か情報が得られるのであればやってみる価値はある。

(注意してくるという事は、完全に私を敵視しているわけでもないだろうし)

放課後、私は彼女を図書室へと誘った。

鬼灯さんは少し考えた後、わかった、と短く返事をして読んでいた本へとすぐに視線を戻した。



いつも通りの時間を過ごせばあっという間に放課後は訪れ、私は牡丹に先に戻るように伝えた後、図書室へと向かった。

校則にある通り、本来なら授業が終わればすぐに校舎を離れなければならない。

時間にして30分ほどしか話すことはできないだろう。

「だから、単刀直入に聞くね」

静かな部屋は、私と鬼灯さんに距離があっても声がしっかりと届けてくれた。

「どうして鬼灯さんは学校の肩を持つの?」

「何のことですか」

「もしかして、香澄ちゃんの事、気にしてるから私に注意してくれた?」

彼女の目が揺れる。

今まで私をとらえていた視線が左下へと下がる。

“お願いだから、瑞樹さんは何もしないで”

あの時彼女は確かにそういった。

瑞樹さん“は”と。

私以外の誰かは何かしたかのような言い方だ。もしくは、自分がするから私には何もするなという事なのかもしれない。

もしも前者の事ならば、何かしたことで思い浮かぶのは香澄ちゃんの罰則部屋の事だ。

なので、香澄ちゃんの事と何かしら繋がりがあるのではないかと名前を出した。

どちらにせよ、彼女にカマをかけるにはこれしかないし、後戻りはできない。

(でも、その様子じゃ何か知っているみたいだね)

右腕が左の二の腕をさすり鬼灯さんは制服をぎゅっと握った。

「瑞樹さん…どこまで知ってるの…」

「貴女が学校側の人間だってこと」

「ち、違います!私は、別に…」

「だったらなんで?」

「私だって香澄さんがあんなふうになるなんて思わなかったんです…」

あぁ、ビンゴだ。香澄ちゃんの事は彼女が関係している。

何も話さない私と静かな部屋が不安を煽ったのか、彼女は何も聞いていないのに話し始めた。

「私、お母さんの分まで卒業しなくちゃいけなくて、それでも足りないから、在校中に頑張らないとって…」

「お母さん?ちょっと待って、なんで鬼灯さんのお母さんが出てくるの?」

「私の母は、この学校の生徒だったんです」

「えぇ!?」

私は急いで口を押える。大きな声を出しすぎた。

「この学校が何の目的でこんなことしているか、鬼灯さんは最初からわかっていたの?」

「嫁ぐ話ですか…?」

「やっぱり知ってたんだ…だったらなんで鬼灯さんは入学したの?」

「私の母は、この学校を卒業していません…。気の強い方で、この学校に反発して退学になったんです」

“退学”でふと思い出す。かなり昔に、紫苑ちゃんが『この学校のこと調べようとした先輩がいて、その先輩退学になったんだって』と確かに言っていた。

あの頃は何も知らなかったから自分も退学になるわけにはいかないと思ったが、ここまで知ってしまえばそんなこと言っていられない。

「この学校の卒業とは知らない人に嫁ぐ事、と知った母は学校に反発して退学しました。卒業テストは受けていないそうです。そのため、残ったのはこの学校で在籍していた時にかかった借金だけでした。」

「この学校で働く、とは思わなかったんだ」

「母は、退学者です。卒業テストで落ちた方にはそれなりの待遇はあるようですが、退学ともなれば別みたいです。母は、退学後働いて借金を返済していました。でも、莫大な借金は返せるはずもなく…母は、私をこの学校に入学させました」

「娘を売ったって事?」

「いい方は悪いですが。ある日、学校の人がやってきて私たちに言ったんです。」

鬼灯さんはぐっと唇をかみしめて苦しそうな顔をした。

「娘を入学させるのであれば、卒業した時に残っていた借金の返済は求めない、と。もちろん母は反対してくれました。でも…」

「入学することにしたんだ」

「学校は私が入学する時に条件を付けてきました。まず、学校の目的を誰にも話さない事。そして…クラスメイトを監視する事」

「監視…?」

「母のような生徒を極力最初の段階で無くしたいと考えたのかもしれません」

「なるほど。じゃぁ、香澄さんの電話を聞いていたのはあなただったのね」

「はい。でも私こんなことになるなんて本当に知らなかったんです!私はただ、校則に違反しそうな生徒を発見した場合報告する事、報告すればその分の報酬をもらえる、という事だけ教えられました」

「報酬って…」

「母に振り込まれます。返済の足しにしてもらいたくて」

「でも鬼灯さんが卒業さえすればいいんでしょう?」

「卒業テストがどんなものかはわからないので、もしダメだった場合借金は残ったままです。それに、いくら返金を進めても利子で消えてしまうんですよ」

「大丈夫…?」

鬼灯さんはゆっくりとその場に座り込んだ。自分自身を守るかのように抱きしめて。

「だから、私、香澄さんが罰則部屋から出てきた時にあんな風になってて…怖くなって…!自分のしてしまった事が怖くなって…!」

あぁ、彼女は“監視”という役を付けられたからクラスメイトと必要以上に仲良くしなかったのだと思った。

仲良くなればその分罪悪感も増える。何より、クラスメイトを売るという行為が彼女自身を傷つけてしまったのだろう。

「でも、報告を怠れば、今度は私が何かされるんじゃないかって…だから瑞樹さんが何か行動していることに気づいてやめてもらいたかった。見ていなければ報告する必要はない、注意してやめてくれれば報告もしなくていいだろうって」

ごめんなさい、と涙する彼女は誰に謝っているのだろう。

彼女もこの学校の被害者だ。それも、弱みを握られて、知っているのに言えない秘密を一人で抱えてこの2年間過ごしていたのだろう。

「瑞樹さんに、友達って言ってもらう資格なんて私にはないんです」

だから彼女はあの時私の事を友達ではなくてクラスメイトと言ったのかと納得する。

視線を合わせなかったのも、罪悪感と葛藤していたのかもしれない。

「教えてくれてありがとう」

私は俯く彼女の肩を抱きしめた時、入り口から拍手が聞こえた

「!?」

「素晴らしい友情ね」

「先生…」

少し空いていたドアが開かれて見慣れた担任が入ってくる。

ピッチリとした黒いタイトスカートから伸びる足はピンヒールのせいなのか長く綺麗だった。

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