第10話

一つ、就寝時刻は23時。時間には必ず部屋に戻り就寝する事。

一つ、就寝時刻を過ぎての他人との接触は禁ずる


この内容は本当なのだろうか。

最初はただの違和感を感じたメモのような日記だったのに。

(確か、この学校の卒業テストって…)

去年の3年生の卒業式の日付を思い浮かべる。確か卒業テストの次の日が卒業式だ。

この文章が本当なら、この手紙を書いた人は結果が分かった日にこの手紙の最後を書いて風呂場に隠し、卒業式当日にあのルーズリーフのメモを本に挟んだのだろう。

ルーズリーフの文字が乱雑に書かれていたのも納得ができた。

『私たちはこの学校に都合のいい女として育てあげられていたんだと思う』

この言葉には信憑性がある。

そして、夫が選ばれ、結婚するということも。

以前見た卒業生の動画で、卒業後すぐに結婚したというのはこのせいだ。

(卒業テストは、誰かに品定めされているの…?)

見た目を重要視されているからこその“美学”の授業なのだろうか。

(それに、先生がこの学校の生徒だったなんて…)

あり得ないことはないのだが、そう考えたことはなかった。

(でもこんな学校なのになぜここで先生をしているの?)

自分を都合よく作られていた学校になぜ自ら足を踏み入れたのか。

(本人に聞いて答えてくれるものかな)

私は落ちた手紙を拾って元に戻す。

(卒業テストの合格後は知らない誰かのお嫁さんって事ね)

(ということは先生がよく言う、ここを卒業すれば、安定した暮らしと、地位、財産、全て手に入るっていうのは。それなりの人物の所に嫁ぐからって事?)

「こんなことして許されると思ってるの」

断れば莫大な金額の支払いを請求される、こんなの脅しじゃないか。

手紙の初めにあった、テストに落ちた先輩の『そんなのかえせない』はこの金額の事なのではないだろうか。

(テストに落ちたら、かかったお金を返す、ということになる)

ということは落ちた先輩…先生は今このお金を返しているのだろうか。

「謎が多すぎて…逆に知らなきゃよかったかな」

いや、そんなことはない。知らない人へ嫁ぐなんて時代錯誤もいい所だ。

もうすぐ冬がやってくる。

そうしたらもう3年生だ。残された時間は少ない。

「学校に飼われてたまるか」

私の言葉は誰に聞かれるでもなく、空気のように溶けてなくなった。



こんこん、とドアをたたく音に急に現実に引き戻される。

(こんな時間にだれ…)

恐る恐るドアを開けると、そこには

「鬼灯さん…」

今一番会いたくない人物が立っていた。

「瑞樹さん、ちょっといいかしら」

「こんな夜中に何かな?もうすぐ就寝時間だから寝たいんだけど」

私の言葉には耳を傾けず、鬼灯さんは少し辺りを見渡した後小さく口を開いた。

「あなた、最近何か見たり、聞いたりした?」

ドクンと心臓が跳ねる。だが動揺を見せてしまってはダメだ。

私はゆっくりと深呼吸をした後に少し笑って答える

「次のテスト範囲のやまはってる話?鬼灯さんには必要ない気もするけど」

「…」

真っ直ぐな目が私をとらえる。

「単刀直入に言うわ。あなた最近——」

リーンゴーン、と就寝の合図が鳴る。このチャイムが鳴りやむ前に私たち生徒は自身の部屋へと戻らないといけない。

「鬼灯さん、急いで戻らないと。また明日ね。」

鬼灯さんはゆっくりとした動きでドアから離れた。

「瑞樹さん」

「ん?」

「お願いだから、瑞樹さんは何もしないで」

今度ははっきりと目を見て言われた。鬼灯さんは走って部屋へと戻っていく。

彼女のポニーテールが、まるで今の私の心境のように激しく揺れていた。

「鬼灯さんは何か知ってる…?」

図書室で会ったときも、今も、彼女は絶妙なタイミングで私の元に来る。

ただ、彼女のまっすぐな瞳が不安で揺れていたことがなんだか怖くなって、私はすぐに扉を閉めた。


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