第5話
一つ、見た目の美しさは自分を助ける。
一つ、生徒は学校が指定する教科を原則拒否することができない。
「あれ?今日瑞樹ちゃん美学?」
「そうだね。牡丹は?」
「そっか、私は明日~」
“美学”これはこの学校の特徴かもしれない。
1学年ではマナーや一般常識、言葉遣いについて習っていたが、2年生からはこの“美学”という教科が入ってくる。
(美学っていうか…脱毛…)
そう。美学なんて教科の名前にはなっているが、これは脱毛だ。
学校の授業時間に全身の脱毛を受ける。これは全員1年間かけて行う。
「うぅ、気になる…」
「紫苑ちゃん、あんまり鏡見ない方が良いよ。皆気にしてないし」
「皆は気にしてなくても。私は気になるんだよ…」
鏡をずっと見ている紫苑ちゃんの顔には濃い茶色のそばかすが散らばっている。
「なんで一回こんなに色が濃くなるのかな」
「それ、剥がれるんでしょ?」
「次の美学で全部消えて欲しい…」
彼女は脱毛のほかにそばかすを消すためのレーザー治療も受けている。
治療を受けた後はいつもよりもそばかすが濃くなって瘡蓋のようになり、その瘡蓋が取れるとそばかすが薄くなくなるそうだ。
その為、しばらくの間彼女の顔は瘡蓋だらけなのだろう。
「ずっと気にしてたんだし、消えるならいいじゃん」
「早く消えるのが待ち遠しいよ…」
私は美学の時間に受けているのは今の所脱毛のみだが、クラスの中には紫苑ちゃんのようにそばかすやシミのレーザー治療、歯の矯正や、ほくろの除去まで様々に受けている。
毎日6限目がその美学という時間となり、施術を受けない子たちは自己学習の時間となっている。
牡丹は今日の美学は何もないようなので自習の準備を始めた。
「私、もしかしたら歯の矯正が入るかもしれないんだぁ」
「牡丹そんなに歯並び悪かったっけ?」
「下の歯が少しだけ。この間の検診で様子見って言われたんだけど、もし矯正することになったら怖いなぁ」
重たい溜息をつく彼女の気持ちもわかる。歯の矯正は中々長期に渡るし、痛みも伴うのだから。
「椿ちゃんが確か歯の矯正やってたよね」
牡丹は周りを見渡して椿ちゃんを見つけると手を振った。
少し離れたところの自分の席に座っていた椿ちゃんはそれに気づいてわざわざこちらまで来てくれた。長い三つ編みが左右に揺れている。
「椿ちゃんって歯の矯正してたよね!それ、やっぱり痛いのかな?」
「そうだね…痛いね。最初付けた時はお豆腐とか柔らかいものしか食べられなかったよ」
鈴の音のように透き通った声で話す椿ちゃんはとてもおとなしい女の子だ。
困ったように下がっている眉毛、そして三つ編みが余計そう見せているのかもしれない。
「嫌だな、断れないのかなぁ?そんなに気にならないと思うんだけど」
「無理でしょ。校則にも“生徒は学校が指定する教科を原則拒否することができない。”なんて書かれているんだし」
「牡丹ちゃん、慣れれば平気だよ。それより私は健康診断が嫌いだな。3か月に1回もあるのって多すぎるよね」
そう。この学園は3か月に1回簡易的な健康診断がある。
身長や体重、そして今回牡丹のように矯正の可能性が出てきた歯の検診。
脱毛やレーザー治療を行うにあたっての診断もそこでされる。
「私、身長がまた伸びて制服の作り直しなの」
「椿ちゃんまだ身長伸びるんだ」
制服はひざ下きっちり10㎝。これ以上長くても、短くてもいけないという校則のせいで、何度も制服を取り換えることはそう珍しい事ではないのだが、椿ちゃんはまだまだ身長が伸びているらしい。
「2年生になって見た目が重視され始めてちょっと憂鬱だね」
皆がかすかに感じていることを椿ちゃんに言われてため息が漏れる
「でも、これを頑張れば3年生みたいになれるんだもんね」
綺麗に見える3年生もこうやって“美学”を受け続けていたのだろう。
「私たちも頑張ろうね」
牡丹はそう言って自習を始めた。
椿ちゃんも自分の席へと戻っていく。
私も美学という名の脱毛をしに教室を後にした。
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