第4話
一つ、決して身の純潔を汚してはならない
一つ、異性との交流を禁じる
「ねぇ、瑞樹ちゃん聞いた?」
その言い出し方はあまりいい知らせではない気がする。
「いきなりどうしたの?」
部屋のノックも早々に牡丹が部屋へと入ってくる。
私は宿題をやるのをやめて彼女を部屋へと招き入れた。
牡丹がいつも通りベッドの端に座ると、重みで布団が沈む。
「香澄ちゃんいるじゃない?」
「同じクラスの?」
「罰則部屋行きなんだって」
「え!?」
驚いて仰け反ってしまい、座って居た椅子がギシリと音を鳴らした。
「なんで…」
香澄ちゃんとは同じクラスの子で、グループが違うためあまり会話はしたことが無いのだがぱっちりとした二重と目の下のほくろが印象的だったのを覚えている。
いつも笑顔で、たまに聞こえてくる笑い声は甲高く“女の子”という感じの子だ。
「罰則って、何かしたの?」
牡丹は腰を少し上げて私の方へと寄ってきて、先ほどよりも少し小さな声で話し始めた。
「共用スペースで夜中に電話してたみたいなんだけど、その相手が彼氏だったんだって」
「か、彼氏…」
そんなの人生で一度もできたことが無い私にとって、夜中にわざわざ電話したいものなのか理解できないが、異性との交流が認められていないこの学園では校則違反に値するのかもしれない。
罰則部屋とは、簡単に言うと校則を破った時に入れられる部屋だ。
特に自分たちが今いる寮の部屋と変わりはないのだが、そこで反省文を書いて先生の許しが出ないとその部屋からは出られない。
「香澄ちゃん彼氏いたんだね」
「幼馴染だったらしいよ。ここに入る前に付き合ったんだって」
「面接で彼氏がいるって言わなかったんだ」
そう。今でも覚えている入学試験での面接の内容のひとつ。
『お付き合いしている人はいますか?』
そんなお金と時間があるはずない、と心の中で悪態をついたのも懐かしい。
「ここが受かってから告白されたんじゃないかな。全寮制の学校だし、遠距離みたいなものじゃない?」
「忘れてほしくなかった、的な?」
「離れていても、愛は育めるって事ね!」
キャー!と嬉しそうに頬に手を当てている牡丹は、まるでドラマのラブシーンを見ている時のように興奮している。
「そういえばこの学校の面接ってなんだか変だったよね」
「変?」
「質問内容がさ」
「ん~、私よく覚えてないや」
あんなに印象的な質問だったのに?と思うが、牡丹の性格を思えば納得ができた。
『性経験はありますか?』
こんな質問、普通の学校ではするはずがない。
入学してみて、校則に“決して身の純潔を汚してはならない”と書いてあるのを見て、これに該当するか確認する質問だったのだと気づいた。
「この学校って本当に変」
「瑞樹ちゃんいつも言ってるね。いい学校だと思うけどな」
「その…香澄ちゃんって昨日の夜入れられたの?」
「そうみたい。まぁ、反省文が書ければ出てこれるんだし!明日か明後日にはまた会えるよね。私も宿題やらなきゃだから帰るね~」
確かにまた明日になれば香澄ちゃんには会えるだろう。
ばれちゃった、と少し笑いながら言う彼女を想像して、私は再び自分の宿題と向き合った。
この後、私は自分の楽観的な所を責めることになる。
香澄ちゃんがクラスに戻ってきたのは、あの日から2週間たってからだったのだ。
「香澄ちゃん…?」
彼女が教室に入ってくると皆がざわついた。
あの明るい笑顔はどこに行ったのか。ただただ、機械のように口角だけを上げて微笑む彼女の姿がそこにはあった。
口角は上がっている。でも目は笑っていない異様な彼女にクラスメイトは誰も声をかけない。
私は、自分の席に座った彼女を見てすぐに声をかける
「大丈夫?何があったの…?」
2週間も反省文を書いていたなんて考えられない。
見た目の変化は一切なく、ただただ静かに笑ってる。
「香澄ちゃん、彼は「やめて」
言い終わる前に被せてきたその言葉は、静かな教室に響き渡った。
「皆、心配してくれてありがとう。全部嘘だから。私、誰とも付き合ってないから」
私の方を向いてはいるが、視線が合わない。どこかもっと遠くを見ているようだ。
「全部私の妄想だったの。だから皆この事はもう忘れてね」
言い終わると同時にチャイムが鳴る。
急いで自分の席へと戻ると、すぐに先生が教室に入ってきた。
先生はちらりと香澄ちゃんの方を見て、少し考えてからゆっくりと口を開いた。
「…今日からでしたね。皆さん、彼女は規則を破りましたが反省し、全てが解決しています。余計なことは考えず、今まで通りの生活を続けなさい。いいですね」
ぴしゃりと言い放った言葉に唾を飲み込む。
これは彼女に対する気遣いの言葉なんかじゃない。きっと私たちに対する忠告だ。これ以上詮索するなという。
(罰則部屋で何があったの…?)
授業中も横目で香澄ちゃんを見たが、いつ見ても彼女はあの張り付いたような笑みを浮かべていた。
1年生がもうすぐ終わる。
今回の事象は、この嫌な雰囲気のまま2年生になるのかと私を不安にさせたし、学校への不信感が強まったのは言うまでもない。
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