第3話

一つ、言動は見た目に現れる。見られていない所でも丁寧な生活を心がける事。私たちは常に見られている事を忘れてはならない。


「ふぁ」

両腕を挙げて大きく伸びをすればあくびがこぼれてしまった。

制服は袖のみが半袖になり、季節は夏になったことを教えてくれているが、窓もないこの学校ではすべての場所が空調で管理されており、特段夏を感じることはできない。

「ねぇ、瑞樹さん、真面目に掃除やってくれる?」

「あ、ごめん」

もう、と少しあきれ気味にため息を付く桔梗ちゃんは私から目を離してすぐに掃除へと戻った。

前言撤回。彼女の黒いショートヘアがこの季節に合っていて少しだけ夏を感じられた。


二人で長い廊下を箒で掃いていく。

廊下には等間隔で女性の銅像が立っており、私たちを見下ろしていた。

「この女の人って、マリア像を意識しているのかな?」

「どうかしら…。特定の誰かでは無いみたいだけど」

私の身長よりも幾分大きなこの像は、ベールを頭からかぶっており手は祈るように前に組まれている。この女性は何かを祈っているのだろうか。

この同じ像がこの学校には何体もある。

「他にも花瓶に入った花の像があるけど、この学校ってこういう装飾が好きなのかね」

「女子高、というのも関係あるのかしら。なんだかこういうのが飾ってあると高級感も感じるわよね」

「そういえば桔梗ちゃんのお父さんって政治家なんでしょ?」

「そうよ」

「凄いよね」

「…お母様は昔女優だったの」

「えっ!?」

名前を聞いても誰だか分らなかったけれど、桔梗ちゃんの整った顔を見れば、きっとお母さんも綺麗な人なのだろうと想像がついた。

「凄い、自慢の両親だね」

「そうね。恵まれていると思うわ」

機嫌が良さそうな声色だ。きっと家族を褒められて嬉しいのだろう

「でも、この学校に入ったら会えなくて寂しくないの?」

「学校さえ卒業すれば、幸せが確定されているのよ?先生だって毎朝おっしゃてるでしょ。安定した暮らしと、地位、財産、全て手に入るのですって。そのためなら、三年間くらい我慢できるわ」

「そんなもんかな」

どうしてこの学校を卒業するとそれらが手に入るのだろうか。

廊下の端まで掃き終われば次は先ほどの銅像の拭き掃除だ。

とはいっても、大きすぎるこの像の土台部分のみを拭いていくだけだが。

白い雑巾で一体一体拭いていく。

上を見上げれば、伏し目がちの瞳と目があった気がした。

像自体は陶器のように白いのだが、眼は真っ黒に塗られている。

「なにを祈っているの?」

小さく問いかけても答えは返ってこない。

ほんの少しだけ上がっている口角は、優しさで満ち溢れた母性のような笑顔を表しているのか。

「本当に…わからない。この趣味」

「瑞樹さん、いい加減にして!これじゃぁ時間内に終わらないわ!」

「わわ!ごめんって!」

私はすぐに手を動かして次の像に向けて身をひるがえした

(あれ?)

私はもう一度、像の方を振り返る。

「今、目が…」


こちらを追いかけた?


瞳に映った光の反射がこちらに向いた気がしたのだ。

「…私が移動したんだから当たり前か」

私は雑巾を握りなおして次の像へと急いだ。

これ以上桔梗ちゃんの機嫌を損ねるわけにはいかない。


ここには沢山の像がある。女性の像が。

何かを祈り微笑むのは、私たちの幸せを願ってなのだろうか。


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