第2話

一つ、携帯・パソコン類の持ち込みは禁止。

一つ、家族との連絡手段は共用スペースにある電話を使用する事。

一つ、家族以外との連絡は禁止とする。


「で、テレビもないし天気もわからない。寮にすら窓が無いんだよ」

『そうなの。なんだか不便ね。ごめんね、そんな所に入学させちゃって』

「お母さんが謝る事じゃないよ。私が決めたことだし。ちょっと変わってるけど、設備は整ってるし、ご飯もきちんと食べてるから心配しないでね」

電話越しの母の声はなんだか悲しそうに聞こえる。

入学して数か月。母には会えていない。

全寮制の学校なのだから当たり前ではあるし、そうでなくても気軽に会いに行けるような状況ではないのだ。

私がこの特殊な学校を選んだのには訳がある。

『お母さんが、もっとしっかりしてたら貴女にこんな苦労をかけなかったのに、ごめんね』

私の家庭は裕福ではなかった。

むしろ毎日生きるのに必死なくらいだ。

給食費が払えなくて支払いを待ってもらう事なんて当たり前だったし、給食をお腹いっぱいに食べて、残りをもらって帰る事だってあった。

父親は事故で他界してしまって、専業主婦だった母は久しぶりに外で働くストレスで体調を崩し、大きな収入は期待できなかった。

私も中卒で働こうかと悩んでいた時に、この学校の教員を名乗る女性が現われて私に入学を勧めたのだ。

『お金、振り込まれていた。ありがとうね、本当に』

「よかった。これからもっと頑張るから」

この学校に入る決め手になった事、それはお金の問題だ。

入学金、授業料は払っていない。卒業後の返済でかまわないそうだ。

寮の為、お風呂、食事も用意されており、その分の金額も支払いは無し。

それなのに、成績に応じてお小遣いが入り、親元へと仕送りされる仕組みになっている。

早くも1学期が終わったため、先日行われたテストの順位に見合った金額が振り込まれた。

「後からいくら請求が来るか怖いけど…利子も期限も無いみたいだから、ここを卒業したらすぐに働いて返していくよ」

どうしてここまでこの学校がしてくれるのかはわからない。

そして、私が選ばれた理由も。

毎朝のホームルームで先生が言う、『選ばれた生徒』とは、何を基準にしているのだろうか。

『瑞樹?大丈夫??』

「ごめん、大丈夫。そろそろ電話切るね。また今度電話する」

電話を切って部屋に戻ろうとすると前に牡丹が歩いているのが見えた

「牡丹!」

「あれ、瑞樹ちゃん。瑞樹ちゃんも家族に電話してたの?」

「牡丹も?」

「うん。1学期が終わってお小遣いが入ったじゃない?それで買って送って欲しいものお願いしてたの。瑞樹ちゃんは何頼んだの?」

「私は生活の足しにしてもらった。ほら、うち貧乏だから」

「あ、ごめんね。私ったら…。私もパパとママにそう言えばよかったかな」

「牡丹のお家ってお金持ちなんだっけ?」

「どうだろ…。パパはお医者さんだから、生活で困ったことはないけど」

他のお家と比べたことないからわからないや、なんていう牡丹はやっぱりお嬢様な気がする。おっとりした言動に、ゆっくりした動き。

(牡丹こそ選ばれた生徒って感じがするな…)

「桔梗ちゃんのお父さんは政治家なんだって言ってたよ」

「そうなんだ…」

桔梗ちゃんはクラスメイトの一人だ。ハキハキした物言いにショートヘアがよく似合っている。

「そういえば、みんなの家族のお話ってあんまりしないね。明日皆に聞いてみようか」

両手を揃えて思いついたように言う彼女の意見には同感だ。

確かに、家庭の事情もあるので自ら話を振った事はないのだが気になる。

「選ばれた生徒の基準がわかるかも」

「え?」

「いや、何でもない!じゃぁ、私部屋に戻るから。また明日ね!」

少し足早に私は部屋に戻った。


次の日。

早々に私は自分の家庭の事情を話し、各クラスメイトにも話を聞いた。

「瑞樹ちゃん朝から何をそんなに聞いてるの?」

「んー。皆の家族の事。」

腕組みをしていると紫苑ちゃんが椅子を持ってきて私の机に肘をついた

「なんで急にそんなこと聞くの?」

「先生が言う、選ばれた生徒っていうのが何を基準に選んだのか気になっててさ」

「なるほど」

「紫苑ちゃんは?お父さんなんの仕事しているの?」

「私のお父さんはサラリーマンだよ。特別裕福でもないかな…」

「牡丹のお父さんはお医者さん、桔梗ちゃんは政治家、それから弁護士、不動産屋と高所得の職業のお父さんが多い一方、私みたいにどちらかといえば生活に苦しんでいる子も居るし…授業料とか免除の事を含めてお金関係で選んでると思ってたんだけど違うみたい」

「そうなんだ。でも瑞樹ちゃんあんまり変なことしない方が良いよ?」

「え?」

紫苑ちゃんは周りをキョロキョロと確認した後、私を手招きし、耳元で小声で呟いた。

「昔、同じようにこの学校のこと調べようとした先輩がいて、その先輩退学になったんだって」

私はその言葉に驚き、バッと彼女から顔を離した。

「そこまでする!?」

「しーっ!!」

何人かのクラスメイトが私たちの方を向いたがすぐに自分たちの会話へと戻っていく。

「瑞樹ちゃん声が大きいよ。私も又聞きだから詳しくはわからないけど、その先輩はこの学校の校則がおかしいってずっと言ってて…。卒業テストの前に居なくなっちゃったんだって」

学校の校則について文句を言っただけで退学なんかあり得るのだろうか。

ますますおかしい。

「瑞樹ちゃん、紫苑ちゃん」

牡丹が私の机に近づいてきてニコニコと話し出す

「私気づいちゃったかもしれない!」

「なにが?」

「私たち、見た目で選ばれたのかも!」

ウフフ、と優雅に笑う彼女に私はため息を付いた

「そんなことあるわけないでしょ」

「だって、先輩方を見て!皆綺麗な方ばかりよ?」

確かに廊下ですれ違う上級生を思い出しても顔つきが整った人が多い。

肌は白く陶器のようで、唇は薄く色づいているし、しとやかな動きが余計綺麗に見せているのかもしれない。

「それはない、かも。だってそうなら私は選ばれないと思うんだ」

「なんで?」

「だって私、ほら、そばかすだらけでしょ?」

紫苑ちゃんは自分の頬をなぞって見せる。

確かに肌は白いが、その肌のおかげで茶色く顔にちりばめられたそばかすは目立っている。

「私もその意見は賛同できないわ。私だってそんなに美人でもないし」

「二人とも可愛いよ!」

「さて、この話はもう終わり!そろそろ次の授業が始まるよ」

時計の針を確認すればもう少しでチャイムが鳴る。牡丹は急いで自分の席に戻り、紫苑ちゃんもまた椅子を戻した。

(見た目で選ばれるなんてどうかしてる)

なにを基準にしているかはわからないが、あまり詮索はしない方が良さそうだ。

もし退学の話が本当なら、私は退学になるわけにはいかないのだから。

先生が入ってきて授業が始まる。

この先生もまた、人形のように美しい事に気が付いて、牡丹の言うことはあながち間違えではないのかもしれない、なんて思ってしまったのは内緒だ。

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