第3話

 彼はいつも周りの状況に併せた話題を出して私を楽しませてくれる。とある国の平民から貴族。或いは最近の政治体制やその時に出した政策で大災害が起きた、など。


 私は人では無いから直接被害を被ったりしないので気軽に聞いていられるが、彼にとってはそうでは無いだろう。

 彼はたまに街に行って物を売ったり、情報を仕入れたりしてこの森に帰ってくる。その彼は無関係ではいられない。

 一応人の形をしているし、戸籍もあるという。


 とうにおまじないの類がまともに効力を出さなくなった時代。彼は怪しまれないように細工をするために必死だという。面倒な時代になったもんだ。


 つくづく自由を選んで良かったと思う。

 いつもいつも同じような話をして、同じように話を終わらせる。

 この時間が愛おしくて、永い生に潤いを与えてくれる。


 例えば彼が「空」を選んでいればこの楽しい会話は1分たりとも訪れなかっただろうし、私が「地」を選んでいてもこの時間にさえたどり着くことはなかっただろう。

 彼はここまで考えていて「地」を選んだのだろうか。


 けれどそんな彼にも欠点はあって、美味しいからと刺激臭のする物を持ち込む事が時たまあるのだ。その性質からか、彼は刺激を感じられる物がとても好きなのである。

 今回は知り合いに貰ったようだけれど恐らく押し付けられたのだろ。と言うと彼は「あー、やっぱり?」と言うのだが、分かってるのなら外で食べてこい。


 どうやらその食べ物には今の時代のおまじないとやら掛かってるらしく。強い効力はないが信じる人は多いのだという。

 おまじないの内容は教えてくれなかったので食べるのを渋っていたら「では2人で食べようか」と言い出した。

 2人なら、と不承不承ながらそれを口に入れる。


 なるほど、今回は辛さと来たか。確かにおまじないがかかってるだけはある。確かに美味しい。


 舌は痺れるようだがしっかりと素材の風味があり、ただビリビリするだけではない。

 横をチラリと見ると彼の食べてる物は私の食べてるものより辛そうだ。なんか呻きながら食べている。

 そんなにおまじないが大事なのか。

 というかお前ならそんなのいらないだろうとも思ってしまう。


 彼はそんな時に決まって「こういうのは効力が無いからこそ面白いものさ。そうなると分かってしまうと面白さというのは半減してしまうだろう?」


 それはわかる。だがお前をそこまで駆り立てる程の物がこれには込められているのか、とどうしても口から出てしまう。

 「それは秘密だ。これは墓まで持っていくか、頑張って言うかのどちらだ。であるならば墓まで持っていくとも。」

 なんて我々にしか通じない皮肉を返してくるものだから、私は訝しんでバッグの端を掴み彼の荷物を全部ひっくり返した。

 彼は特に慌てずにそのまま微笑ましそうな顔でこちらを見てくる。なんだか怪しい。


 その後知ったのだが、今の世界は色々な言語があったり、入れ替わっていたりと言語を覚えるのにも一苦労らしい。

 彼の荷物に書いてあるものは全て既に私の知識外のもので、ひとつたりとも理解できなかった。


 どうやら『恋愛祈願』と書いていたのが私には理解できない文字で、彼にはバッグをひっくり返した仕返しとして教えて貰えずじまいだ。普段使うような単語でないからとのらりくらり買わされてしまう。


 その話を出すといつも顔を赤らめて少し高めの声を出すのだが、なんなんだろうか。


 今日は久しぶりにその話を出して結局叶ったのかと問うと。「叶ってはない。けど効果がないとは思ってないよ。」とのたまった。意味がわからない。


 ああ、久しぶりに辛いものが食べたい。あのお菓子を買ってきてくれないか? と言うと彼は満面の笑みで出掛ける支度を始めた。

 彼が出かける時に空を飛んで近場までは行ってしまおう。早く食べたいのだし。


 地面を叩いて彼を急かすと、彼はこちらを見てクスクス笑っている。

 さぁ、今日の話は他に何が飛び出るだろう。人の話か、誰かが恋をした話か。それとも政治家の息子が駆け落ちでもしたのだろうか。

 彼の話は止まらない。私の返しも止まらない。雨の日も、風の日もずっと話し続けるのだ。それが我々の性分なれば。

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