第3話 ラインオーバー

 津田が歌島中学に入学してしばらくしたとき、職員室の前を歩いていると、「こんなアホな学校に息子を通わせられるかい」と大声で言っているのが聞こえたので、立ち止まって職員室の中を覗いた。津田といっしょに歩いていた福地君が「松本医院の先生や」と言った。津田は、息子の松本博史は幼稚園が同じだったので知っているが、医院は知らなかった。松本は、御幣島幼稚園から歌島小学校に行った。福地君は小学校で松本と同級生だった。

 「松本君は、新A中学にラインオーバーしようとしてるんやと聞いたわ」と福地君が言った。花川南之町の長屋付近で新A中学にラインオーバーしているという話は聞いたことがない。みんな歌中に行っている。

松本の親父は、なんで今ごろ言いに来てるんやろ。歌中に入学してるから、転校するんやろな。意味不明や。

 花川南之町は塚本駅の南西方向にあるが、北西方向に行くと市営住宅がある。柏里小学校の同級生でそこに住んでいる生徒のなかに歌島中学に来ていない者が何人かいる。その生徒たちは新A中学にラインオーバーしたんやという話を聞いている。 

 「川西路子さんがラインオーバーしてるやろ」と福地君が言った。突然に言った。「松本君は、その話を新学期になって知ったんや。いま親父さんが騒いでる原因や。川西さんは、松本君に教えてなかったんや。松本君が相手にされてないということやな」

 津田が幼稚園に行っていたとき、野里の町を通過したが、松本医院の前は通らなかった。ちょっとだけ、ずれているのである。野里住吉神社が近い。松本医院から神社の方に少し歩いたら、右側に入る狭い道がある。福地君が教えてくれた。その道をちょっと行くと伊藤富美子さんの家がある。小さい家だ。福地君によると、伊藤さんはすごい人気がある。だけど、松本は、川西さんがいいらしい。市営住宅は離れている。離れているけど、プレゼントを持っていく。同じ小学校の伊藤さんには関心がなく、違う小学校の川西さんがいい。幼稚園のときから、ずっと好きなんだ。


 放課後の運動場で体育会系のクラブ活動がある。伊藤さんは、バレーボール部で活躍している。ファンは、放課後だけど家に帰らずに応援する。福地君が応援する。津田も福地君に付き合って応援する。伊藤さんは、一年生だけどレギュラーだ。鋭いスパークだ。歌島の魔女だ。

 

 福地君と一緒に下校するとき、住吉神社の東側の道を歩く。デレーケは、ここに来ただろうか。住吉神社の鳥居を過ぎると両側にいろんな商店がある。商店街の途中を左に曲がって少し歩くと丸池公園に到着だ。

 公園のベンチにすわって話をする。福地君の家は、公園の南の道路を渡ってすぐのところにある。近所に同級生が数人いる。重要なのは、杉山洋子さんだ。彼女は、ソフトボール部のピッチャーである。伊藤富美子さんと並ぶ人気者だ。ソフトボール部の練習のときも多数の応援者が集まる。津田も福地君と一緒に応援する。伊藤さんも杉山さんも美人だ。美人だが、津田の観察では、タイプが異なる。伊藤さんは洋風で、杉山さんは和風だ。





 


 

 










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