結婚しなくても幸せになれる時代に私は

三郎

本編

『結婚しなくても幸せになれるこの時代に、私はあなたと結婚したいのです』

 隣で眠る愛しい恋人の寝顔を見つめながら、少し前に話題になった、ウェディング雑誌のCMのキャッチフレーズを思い出す。


 私は女として生まれ、今も変わらず女として生きている。恋人も同じく、女として生まれて女として生きている。

 この国では、同性同士の婚姻は認められていない。パートナーシップ制度を同性婚と勘違いする人も多いが、あれは自治体が定めているものだ。法的な効力は無い。あれがあるのにこれ以上何を望むのだと言われるたびに反吐が出る。私はただ、愛する人と法の元で家族になりたいだけなのに。本当にあれは、私達を認めるために定められたものなのだろうかと疑問にさえ思う。むしろ遠ざけていやしないだろうか。同性婚を望む声をあげて「パートナーシップがあるじゃん」と言われる度にそう思う。


「……ん」


「……おはよう」


「……んー……おはよう……ハニー……」


 目を覚ました恋人は、私と目が合うとふにゃあと力なく笑った。そして、甘えるように私の背中に腕を回し、抱きついてくる。交際期間はもう10年以上になる。普通なら結婚していてもおかしく無いが、未だに法律がそれを許してはくれない。

 今は六月。世間はジューンブライドだのなんだのと騒がしい。芸能人の結婚というおめでたいはずのニュースも、自分にその権利が無いと知った頃から素直に祝えなくなった。


「……ねぇ、今日なんの日か知ってるかい?」


 ふと、恋人が私の腕の中で呟いた。私は記念日をよく忘れる。もしやまた何か忘れているだろうかと焦るが、彼女はそんな私の心を読んだかのように私の顔を見上げて「大丈夫だよ。私達の記念日の話じゃないから」と悪戯っぽく笑い、ベッドを降りた。


「ちょっと待っててくれ」


 そう言って彼女は部屋を出て行ったかと思えば、ニコニコしながら帰ってきた。腕を後ろに回して、何かを隠している。


「今日がなんの日か調べた?」


「いや、調べてない」


「じゃあ、教えてあげよう。今日、六月の第一日曜日はねなんだって」


「……プロポーズの日……」


「うん」


 ふぅと息を吐き、彼女は私の前まで来て跪いた。そして、後ろに隠していた小箱を開けて私に見せる。そこには、銀色の指輪が一つ。埋め込まれたダイヤモンドが朝日に照らされてきらりと光る。


「というわけでハニー。私の、妻になってもらえないだろうか」


 そう言って、彼女は私を真剣な表情で真っ直ぐに見つめる。


「……」


「……」


 沈黙が流れる。私も、彼女のことは愛している。プロポーズを断る理由なんて一つもない。一つも無いのに、法が許してくれやしない。同性同士というだけで。たった、それだけの理由で。性別という、自分の力ではどうしようも無い理由で。


「……なれないよ」


 はいと素直に、迷わず返事を出来たらどれほど良かったか。


「……そうだな。ね」


「……変わると思う?」


「変えるんだよ。私達が。家族になりたいと望む同性カップルは私達だけじゃない。みんな、声をあげて、戦ってる。……私も、戦いたい。君と、法の元で家族になれる日を夢見て。妻と言ったが、正確には、共に戦うパートナーとなってほしいんだ」


「……」


「……この戦いは、私達二人のためでもある。だけど、この先生まれてくる顔も名前も知らない未来の子供達のためでもあるんだ。私は彼らに、好きになった相手が同性だったってだけで、たったそれだけのことで絶望してほしくはない。だからどうか……この手を取ってもらえないだろうか。同性愛者も異性愛者も両性愛者も関係なく、誰もが平等に幸せになれる権利を、私は勝ち取りたい」


「……政治家にでもなる気?」


「……あぁ。25歳になったら立候補しようと思ってる」


「えっ、本気?」


 私達は今年で24歳。来年からは地方の議員に立候補出来るが、まさか本当に立候補するとは思わなかった。


「あぁ。本気だとも。いつか私はこの国を統べる」


「統べるって……」


「目指すは国のトップだな」


「ちょ、ちょっ、待って待って、総理大臣ってこと?」


「ああ」


「女が総理大臣とか……無謀だよ……」


「前例が無いだけだ。なれないわけでは無い」


「そ、そうかもしれないけど……」


「まぁ、ゆくゆくはという話だ。とりあえず今は一議員を目指すよ。というか、それしか道がないしな」


「……本気?」


「私はいつだって本気だよ。何のために勉強して大学に入ったと思ってる?」


「……」


「……この先に待っているのが茨の道であることは分かっているよ。無理強いはしない。私は一人でも戦う覚悟だ」


 曇り一つない真っ直ぐな瞳に見つめられると、無謀なのに、彼女なら出来てしまいそうだと思わされてしまう。彼女には強いカリスマ性がある。人脈がある。愛嬌がある。人から愛される要素が詰まっている。恋人である私が、嫉妬が絶えないほどに。彼女の隣に並びたいと言う女性は山ほどいる。その中から、彼女は私を選んでくれた。私だけを選んでくれた。私が良いのだと言ってくれた。


「……私は貴女と居られるなら、どこまでもついていく」


「……プロポーズを受け入れてくれたということでいいか?」


「……はい。貴女のプロポーズを受け入れます」


 私がそう返事をすると、彼女は「まぁ、最初から答えは分かっていたがな」と悪戯っぽく笑って私の左手をスッと持ち上げた。手の甲にキスを落としてから、指輪を私の薬指に嵌める。


「これからもよろしく頼むよ。ハニー」


「……うん。よろしくね」


 結婚しなくても幸せになれるこの時代に、私は貴女と結婚したい。

 異性同士であれば簡単に叶ったはずのその夢は、国を出れば叶うかもしれない。だけど、それでは彼女の覚悟が無駄になってしまう。彼女が戦うなら、私も逃げずに戦いたい。私は彼女の妻になる人だから。この強く美しい、未来の総理大臣に相応しいファーストレディになりたいから。

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