引導を渡してやれ。

 「引導いんどうを渡す」という言葉は仏教から出た言葉で、意味は「死者が迷わず成仏じょうぶつするように、葬儀で僧侶が法を説くこと」です。

 でも、時代劇で使われるのは、一途いちず若侍わかざむらいなんかを夢中にさせて金なんかを巻き上げさせている己の女に、裏で糸を引くやくざ者が、

「お前にたぶらかされていることにまだ気がついていないようだから、さっさと引導を渡してやれ」

 てな具合いに言うと、

「じゃあ、お前さんとこうしているところを見せつけてやろうかね」

 なんて鼻にかかった声で言いながら、女がその悪党にしだれかかって酒をいでいる、なんて場面は、まだかわいいぐらいで、そやつらに騙されていることをようやく覚って悪事のからくりまで知ったその若侍を、大勢の手下に命じて斬ったり刺したりしてもなお、血まみれになりながらも髪を振り乱して倒れぬばかりか、

「おのれ……」

 刀を振り上げて向かってくるその姿を冷徹に見下ろす一味の親玉が、

「そろそろ引導を渡してやれ」

 と言うと、中の一人が止めを差す、という場面でございます。

  リストラで人員削減を命じられて苦悩する担当者に、

「情けは無用だ。さっさと引導を渡してやれ」

 と部長や課長が発破はっぱをかける場面は現代でもありそうですが、だからと申しまして、おおっぴらに口にできない台詞かと思います。

 ちなみに、手前は、ずいんぶん引導を渡されてまいりました……


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