三日目


 翌朝、『呪われた海』での新たな犠牲者が発見されたと、ニュースは伝えていた。


 工事現場の作業員が見回りの際に浜辺で人が倒れているのを発見した。


 遺体は他県の大学生で死亡原因は溺死と報道がされ、アルコールが検出されたことも補足されていた。


 学生は両親に海に行くと伝えただけで、その後の連絡は無かったそうだ。


 事故当時の状況が掴めず公園の前には彼が乗ってきたであろう車が残されていたらしい。


 確かに、あの夜、公園には車が一台止まっていたのを俺は見ていた。そして、その夜の出来事も全て覚えている。


「今日の出来事も、お前の過去も誰にも話すんじゃない」俺にそう話したあの男は、この事故に何か関わっているのではないかと、何故か確信していた。


 でも、どうして俺の過去まで話してはならないと言ったんだろう……。




 その後、事故に関する新たな情報がもたらされたのは午後を回って夕方のニュースが始まる時間帯だった。


 町内に住む50代の男性が殺人の容疑で逮捕されたのだ。


 事件当時の容疑者の格好は、昨夜の男と一致していて、逮捕されたのは間違いなくあの男だと俺は分った。


 死亡した大学生の遺体の右腕上腕部には、男性の手形と思わしき痣が残っており、酔った学生を海に引きずり込み溺死させたとして取り調べを受けているらしい。


 なぜ容疑者としてあの男が上がったのか俺には分らなかったが、タイミング良くキャスターが俺の疑問を払拭した。


 昨晩、浜辺で男性二人が揉めている様子を目撃したと。匿名の情報が警察にもたらされたらしい。そしてキャスターは、容疑者の男が黙秘していると付け加えた。




 しかし、昨日騒がしかったのは集団で、大学生は間違いなくあの中の一人だと俺は確信していた。


 それともあの連中とは全く関係ない、俺みたいな独り身が夜な夜なやって来ていたのだろうか?


 それと匿名での目撃情報も気になるものだった。目撃するにしても公園内に入り込まなければ出来ないのだから、通報者もバリケードを乗り越えてあの場所にいたはずだ。


 そこで俺は大切な何かを忘れているような気がした。


 俺は、この事件には、関係ない? 一切? 仮にあの男が犯人だったら? 黙秘を続けて、物証もなく容疑が晴れたら?


 密告者を探すか? あの夜に、俺に言った言葉の意味『もう一度言う、今日の出来事も、お前の過去も誰にも話すんじゃない。いいな!』




 俺が警察になにか話をしたことで男の犯行がバレた、と男は思うかもしれない。その為の口止めだったのなら……。


「いや待て、そんなこと言っても身元はバレてないはずだし」しかしバイクのナンバーを控えられていたら……。


 よ、よし。もうバイクに乗るのは止めよう。でも所有していたらいつか身元がバレてしまうかも知れない……。


 俺は身の安全を図る手段を懸命に考えていた。他の事に気を配る事も出来ずに命を守ろうと、必死で考えていた。






「お前がバラしたんだな。あれほど話すなと言ったのに……。残念だ」


 俺の背後に男が立っていた。素早い動きで両腕を伸ばし、両手で俺の首を締めあげた。男が手に力を込めた。同時に両腕の筋肉が膨れ上がる。


 メリメリと首を締め上げ、気道は完全に閉ざされ鬱血しているのが分かった。苦しかった。しかし意識だけはハッキリしていた。いつまでも続く息苦しさを俺は感じていた。


 男は俺の様子に満足したのか笑みを浮かべ、首を掴み、軽々と俺を持ち上げたまま海へと歩き出した。


『呪われた海』に足が浸かる。その瞬間天地が逆さまになったかのように身体の重力が失われ、空に足が伸びているのを眺めながら、顔面は海中へと沈め落とされた。


 空に伸びていた足も直ぐに海中へ沈んだ。海中から見える月はグニャリと笑っている。


 両手両足をバタつかせ必死でもがいている俺を海面すれすれから男が無表情で見下ろしていた。まるで金魚鉢の中をジッと観察するようにつまらなそうな表情だった。






「ひッ」


 俺はいつもの叫び声で起きた。その瞬間、俺は自らの両手で首を締め付けていることに気付いた。


 全身に冷や汗を掻き、夢の中で海に沈められたように、寝間着はぐっしょりと濡れていた。




「もしかして、あの男が、今まで殺していたのか?」度重なる水難事故は必ず人気の少ない深夜に起こっていた。


 目撃者も少なく、あらかたの事故は若者の危険な夜遊びとして処理されていた。


 しかし、今回は違った。男は逮捕されている。もしかしたらこれであの海は呪いから解放されるんじゃないだろうか?


 あいつが話した、呪いの元凶はルールを守らない連中だと話しをしていたが、そんな奴らが気に食わずに殺していたんじゃないだろうか。


 むしろ呪いの元凶はあの男で、陰ながら若者を殺害して楽しんでいたんじゃないか。


 そこまで考えて、俺は一つ身震いをした。




 どうして俺はそんな酷い考え方が出来るんだ……。


 あの人は海を守りたかったはずだ、人の愚行で海が汚れるのを止めたかった。


 最初の夜に俺に聞いたじゃないか。ゴミは散らかしてないか、と。酒は飲んでないか、と。


 騒がしかった連中にも注意をしに行ったはずだ。死んだ大学生もその中の一人に違いない。


 しかし、それなら何故、他の連中は名乗り出ないのだろうか。


 仲間がいるなら殺人をやすやす見過ごすわけもない。そう考えるとあの人の潔白は当然のように思えた。


 しかし、それを証明できる事が俺には出来なかった。そしてあの人が服を濡らして浜辺を歩く姿を目撃している。いうなればこの証言はあの人にとって不利になる。


 ましてやその本人から、誰にも話すなと言われたのだから、守るしかなかった。


 歯がゆい現状に俺は落胆した。濡れた寝間着に体温を奪われ身体が冷めてきた。俺はシャワーを浴びる為に下着とシャツをタンスから取り出した。




 お風呂で汗を掻いた身体を洗い流し、サッパリとした気持ちで寝室に戻った。


 あの人が犯人ではないと確証を得て気持ちも軽くなっていた。しかし、それを証明したくても出来ないもどかしさが俺に付き纏う。


「どうやったらあの人の無実を証明できる」必死で考えてみたものの名案は浮かばなかった。警察に直接話しても俺の目撃証言は不都合だし。


 半ばお手上げ状態だった。


 俺は何気なしにSNSを開いた。トレンドには『#呪いの海』がトップに来ていた。RTは3万件を超していた。


 中には過去の事故を詳細に書いたツイートもあり、今回の事件との因果関係をこじつける内容が書かれていた。


「バカバカしい」俺はスマホを投げてベッドに倒れ込んだ。俺はもう、二度と行くことのできないあの場所を思い描いて眠りについた。



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