第5話 ボイストレーニング(後編)――ひとつの答え――
大学三年目の秋、あるいは冬だっただろうか。
正確な時期は覚えていないが、それくらいの頃の出来事のはず。
二年目に二つ目の合唱サークルに入った僕だったが、いくら練習時間が重ならないとはいえ、両立させるのは難しかった。三年目になると、学業が忙しくなった影響もあって、最初に入った合唱サークルへの参加は部分的になり、後から入った方がメインになっていた。
それでも、最初の合唱サークルの
「違う、違う! お腹に力を入れるんじゃなく、お腹の緊張感だよ!」
相変わらず、腹式呼吸すら満足にこなせない有様だったらしい。
さすがに「全く出来ていない」というわけではなかったはずだが、少なくとも先生の耳には「お腹から出た美しい歌声」とは聞こえなかったようだ。
そんなある日。
ふと思い出したことがあって、試したみたところ……。
「そう、それだよ!」
先生の表情が、パッと明るくなった。
ようやく、ボイストレーニングの先生に納得していただけるような歌声を出せたらしい。
「今のがお腹の緊張感だよ!」
と先生はおっしゃるが……。
実は、やはり僕には『緊張感』の概念は難しく、お腹の筋肉を意識した歌い方だった。
ただし、今までとは違う部位だ。
腹筋の少し下の方、と言ってしまえば、それこそよくある言い方かもしれない。それならば今までも出来たはずだろう、と思われるかもしれない。
だが『腹筋の少し下の方』というのは、なんとも漠然としており、範囲が広いではないか。必要なのは、具体的にピンポイントな部位だった。
この時、僕が意識した――力を入れた――筋肉は……。
初めて女性との性行為を経験した頃に「今まで使ったことない筋肉を使ったらしく、今まで感じたことのない部位に疲れを感じる」と思った箇所。
その部分の筋肉を使って、声を出したのだった。
要するに、二人目のボイストレーニングの先生が正しかったわけだ!
二人目のボイストレーニングの先生の指導。
当時は童貞だったために理解できなかったが、そうではなくなって初めて、それを体得できた。
……と言ったら大袈裟だろうか。
とはいえ。
どちらの先生に対しても、微妙にツッコミを入れたい気持ちもあった。
まず、一人目の先生。
力ではなく緊張感、緊張感とおっしゃっていましたが、やっぱり筋肉には力を入れるんじゃないですか!
そして、二人目の先生。
一人でする時でも同じとおっしゃっていましたが、同じじゃないですよ! 一人の時には、この部位に「疲れ」は感じませんでしたから!
ただし、後者に関しては、微妙に心配もある。
もしかしたら、ただ単に僕の自慰行為が間違っていただけかもしれない、と。
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