第4話 ボイストレーニング(中編)――2人目の先生――

   

 音楽性の違い、という言葉がある。

 バンドなどの音楽グループが解散する際によく聞くのでネガティブなイメージもあるが、本来はクリーンな言葉のはず。


 大学一年目の冬、他大学の色々な合唱サークルの演奏会を聴きに行っていたが、その中の一つに『他大学』ではなく『同じ大学』の合唱サークルもあった。

 一般的な大学はどうか知らないが、僕の大学は自由な校風のせいか、サークル活動も活発だったのだろう。合唱サークルだけでも複数存在していたのだ。

 そんなサークルの演奏会を聴いてみると……。

 同じ大学の、同じ合唱を行うサークルのはずなのに、明らかに『音楽性の違い』が感じられた。

 まず、一番に伝わってくるのが美しさ。なるほど、音楽だから、音の美しさは重要だろう。だが「美しさ」以外の何かを感じることは出来ず、僕としては、少し物足りなくも思った。

 そもそもアマチュアの合唱団はアマチュアなので、演奏会を聴いていると、若干耳障りな音を聞かされる場合もある。下手と言ってしまえばそれまでだが、そのような下手な演奏であっても、伝わってくるものがあれば、十分に楽しめる。歌い手たちの熱意だったり、彼らなりの曲への解釈だったり……。メッセージ性というほどではないが、それに近いだろうか。例えば、僕が入った合唱サークルの音楽も、そのような方向性だったはず。

 その点、この時に聴いた合唱団の演奏は真逆だった。

「僕のところは精神性を重視した音楽で、ここは技術を重視した音楽なのかな」

 偏見かもしれないが、そのような『音楽性の違い』を感じて……。


 大学二年目の春。

 たまたま教室に貼ってあったビラを見て気が付いた。その合唱サークルと、僕が入っている合唱サークルとは、練習の曜日や時間が重ならないことに。

 おそらく、上述の『音楽性の違い』が頭に残っていたに違いない。どちらもやれば、どちらも楽しめる。そんな単純な考えから、大学二年目、僕は二つ目の合唱サークルに入ったのだった。


 あれこれ話題を広げると話が散漫になるので、ボイストレーニングの話に絞ろう。

 二つ目の合唱団では、四人のボイストレーナーを雇っていた。ソプラノ、アルト、テナー、ベースの各一人ずつだ。

 それぞれ一流の声楽家であり、例えばテナーの先生も、かなり有名なかただったらしい。ある時、たまたま休日に家でテレビを見ていたらオペラの番組が流れていたのだが、そこで主演をなさっていたくらいだ。


 そんな凄い先生だったが、ボイストレーニングの指導としては、案外気さくなかただった。

 合唱サークルのボイストレーニングなので、もちろん個別指導の時間は短く、テナーのパート全体で見ていただくことが多かったのだが……。

 そんな全体指導の中で、妙に記憶に残る発言があった。

 腹式呼吸に関する指導だ。


「歌う時に使うお腹の筋肉は、要するにアレだよ。女の子とアレコレする時に使う筋肉だよ」

 曖昧な表現だったが、おそらく『夜のプロレス』的な話だったのだろう。

 しかし残念ながら、健全すぎる青少年の多い大学であり、中でも合唱サークルは、その傾向が強かった。つまり『女の子とアレコレ』を経験していない者が多かったのだ。

 ちなみに、僕もその一人だった。

 やったことないことに使う筋肉と同じだと言われても、誰も理解できない!

 そんな雰囲気は、先生の方でも察したらしい。

「ああ、相手がいないなら……。一人でする時でも同じだね。とにかく、その辺りの筋肉だよ」

 と、補足してくださった。

 しかし。

 これはこれで、よくわからない説明だった。『一人でする時』ということは、つまり自慰行為の話なのだろうが……。

 自慰行為で特に酷使する筋肉なんて、どこかあっただろうか?

   

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る