花束 おまけ 4
ぽちゃん。キッチンの水道から水滴が落ちる。ぐつぐつとお湯の煮えた音が聞こえて、それがカップに注がれている間、私と千秋さんはこたつを真ん中に向かい合っていた。私はほとんど俯くみたいにしかできなかったけれど、千秋さんの方は、むっとした顔で私のことを見ていた。
「あ、あの」
「はい」
「いつから一緒に住まわれているんですか?」
「……半年前くらいです、結城先輩」
「咲良ちゃん、お家だと、どう?」
「どう、って言うのは?」
「なんか、おもしろいことしたりしない?」
私が聞くと、その質問でなにか思い出したのか、彼女は少し頬を綻ばせた。千秋さんは、髪も乾かしたばかりで整えてないけれど、でもいまどきという感じの女の人だった。高校で初めて見た時から、そんなに印象は変わらない。幼い顔立ちをしていて、髪は輪郭に沿って短く切り揃えられた明るい茶髪だった。大きい瞳が私を見る。
「夏は変になる。バスタオル一枚で出てきて、アイスの棒食べながら、扇風機の前で涼しそうな顔して食べるの」
「あ、それ」
そっか。まだやってたんだ。私も想像しておもしろくなる。私はもう、さすがにやらないよ、咲良ちゃん。でもその気持ち良さは知ってる。
「ん?」
「私が教えたの、小学生の頃に。初めて泊まりに来た日にね、こうやってやると涼しいんだよって」
「あ、あー……そうなんだ」
千秋さんの眉を下げて、口を曲げた。映画のプリンセスが不満なときにやる表情だった。咲良ちゃんが三人分の紅茶を運んできてくれる。彼女はまた私の横に座った。正座だった。
「なんの話?」
「咲良の浮気の話」
「え、私浮気してないよ」
「小学生の頃に私に浮気したでしょ」
「えー?」
咲良ちゃんはくだけて彼女と話していた。人前でこんなふうに、気楽に話せるんだ。
「夏にいつもやるあれ、結城先輩に教わったんだって?」
「あ、そうだよ。比奈の家で初めてやった。一緒にお風呂入ったあとにね、ぽかぽかだったから」
「一緒にお風呂に……」
千秋さんが目を細めて私を見る。やめて、そんな目で見ないで。
「咲良、私と一緒にお風呂入ってくれないんですよ、先輩」
「そ、そうなの?」
「千秋、なんかくすぐったいことしてくるから嫌だ」
「はあ、恵体持ってるんだから仕方ないでしょ、触りたくなるのが女のさがじゃん」
「それは分かる」
「分からないでよ」
咲良ちゃんが紅茶に手を付けたので、私もそれを口に運んだ。ハーブティーかな。なんの種類かは分からないけど、春みたいな心地いい香りがする。
「咲良、結城先輩のこと好きだったんでしょ」
「なんなのさっきから、好きだったってば」
「いまも好きでしょ」
「好きじゃなきゃ呼ばないでしょ?」
「でも人妻だよ。手出すの?」
「出さないよ。千秋もいるのに」
「え、待って」
私はふたりの会話を手で制した。
「ふたり、……お、お付き合いしてるの?」
「してます」
「してないよ」
二人同時に言う。
「ど、どっち!」
「してますって」
「千秋とは付き合ってないよ」
「なんなの!?」
私は思わず声を大きくした。なんなんだ、この子たちは。千秋さんが一人で言ってるだけ? それとも、咲良ちゃんがふざけてるだけ? 全然分からなかった。でも、その次に咲良ちゃんが発した言葉で、私は心臓を締め付けられた。
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