おまけ
花束 おまけ 1
普段から意識することはないけれど、考えてみたらそういえば……ということがある。特に連絡手段の発達は子供の頃には考えられないような進歩で、電話代を気にしなくて良いというのは大袈裟な言い方をすれば革命だったし、革命といってもそれほど大袈裟ではないかもしれなかった。
手順も簡単で、連絡先を教え合うのも簡単だった。会話を始めるハードルもやたら低くなり、電話をかけたらまず親御さんが出て緊張する、みたいなこともなくなった。
スマートホンのアプリのチャット欄に、水橋咲良の名前が一番上に来たのはつい二日前で、それに私の心臓が大きく跳ねたのは言うまでもなかった。
――結婚式が終わり、生活に対する気持ちが一転する中で一年が経ち、ようやく周りのお祝いムードも冷めてきたかな、という折に来たチャットだった。
『おはようございます。ご都合よろしければ、明後日食事などいかがですか。この時世なので、私の家で慎ましく行えればと思っているのですが』
事務連絡と見まごうチャットだった。しかしその不器用さに笑うこともできず、チャットを見たまま固まった。あっちからお誘いが来るなんて。あれ以来、私からも連絡ができてなかったのに。
誰も予想できなかった感染症の流行が起き、やっとのことで行政の強い規制が解かれ、はしゃぎ過ぎない範囲で地域にお金を落としましょう、ということが喚起され始めている。家で二人で、ということなら、問題は無さそうだった。しかし問題はそれどころでもなく、どんな顔で行ったらいいのかということに強く迷いがあった。けれどその瞬間に既に行くことに決めている自分に気が付くことができたので、最終的には気が楽だった。私も、会いたかったし。
ということで郊外から都心へ電車を乗り継ぎながら向かい、地図アプリを片手に咲良の送ってくれた住所を探す。1025室という部屋番号からなんとなく予想はしていたが――どでかいマンションだった。……銀行員、やってるって言ってたっけ。銀行員ってこんなに羽振りがいい暮らしができるの? と頭の中で計算をしている時に、ふと別の解答が降ってくる。
一人で買ったとも限らないんだ。大切な人を見つけて、それで、あの子は性格的に結婚式をやりそうにはないし、私がしたみたいに報告を返そうとして、それで呼んだのかもしれない。
ホールの中で、トートの紐をぎゅっと握った。……だとしたら、嫌だな。と思う自分が何より嫌だった。私が何をしたのかは分かっている。式の進む中で、誰よりも逃げたそうな顔をしていた咲良ちゃんを見れば。私はそうして私の気持ちに折り合いをつけようとして、結果的に、あの大切な人を傷付けたのだから。
だからこうして呼ばれることが不思議で、それでもなお嬉しかった。もしこれが彼女なりの復讐なら、受け入れる他ない。
電話機みたいな機械で1025の数字を押すと、コール音がしばらく鳴って、断念するみたいな音が響く。そこからあの子の声がした。
「はい、水橋です」
「あの、比奈だよ」
「開けるから入って。迎えに行くね」
顔が見えるわけじゃないのに、私は両手を振って断る。
「ううん、自分で行けると思う! ありがとう」
「分かった。待ってるね」
雲みたいな重さの溜息が出る。砂浜に足が埋もれていくみたいな感覚だった。海の波の音が、青を散らして鳴っている。潮騒は私の心臓の声となんら変わりないと思った。白いホール、スニーカーですら硬い音の鳴るフロアに、私の視線が落ち続けている。
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