第13話

「みずみずはさあ、どんな中学生だったの? なんかあんまり想像できないっていうか」


 千秋の部屋で中間テストの対策をしている時だった。千秋は藪から棒に、教科書に目を落としたまま私に呟く。私は右手でペンを握ったまま、ぼーっと応えた。


「……うーん、いまと変わらないんじゃないかな。小学生の時も、中学生の時も、勉強ばっかりしてる暗い子どもだったよ」

「えー、それなら今と変わってるんじゃん?」

「……そう思う?」

「うん。だってみずみず、確かにはしゃいだりとか大声で笑ったりとかはしないけど、暗くはないじゃん。明るいよ。まあ勉強はいつもしてるけど」


 私は、暗くはないか。途端に難しい気持ちになって、ペンを置いた。


「自分では分からないなあ。千秋はどうなの?」

「私の中学生の時?」


 頷く。千秋は握ったペンを頬に当てて、悩む素振りを見せた。ショートボブがはらりと踊る。


「私こそ変わってないよ。ずっとこんなん」


そう言ってはにかんで私を見ると、また教科書に目を落とす。


「お友達多かった?」

「そうだなあ、挨拶したりメアド持ってたりするのが友達っていうなら、割りとたくさんいたかな」

「あー」

 そういう意味なら、私にはいなかった。

「友達ってどういう人のこと言うんだろうね?」

「私とみずみずはどうなんだろね。友達、親友? なんかこそばゆいよね。……generousの対義語ってなに?」


「寛大な、だから対義語はケチな、とかいう意味の英単語だよね。文中にない? 挨拶したりメアド持ってたりするのが友達なら、私たちは親友になるんだろうね」

「あったあった。そうだねー。なんか、夫婦みたいに友達とか親友とか恋人にも書類があったらいいのにね。『私たちは友達です! はいハンコ!』みたいな」

「……面倒じゃない?」

「いやーそうか。なによりやめるとき面倒そう。友達バツイチ。でも、てっきり、みずみずは友達いっぱいいるんだと思ってたよ」


 ペンが止まる。


「どうして?」

「なんか慣れてる感じだったから。初めて話した時のこと覚えてる?」


 もちろん、私が友達を初めて作った時のことなのだから、覚えている。頷きを返すと、千秋は少しいたずらな表情になった。


「私になにしたかは?」

「えっ、うーん? 消しゴムを貸したくらいしか覚えてないけど……」


 記憶を呼び戻してみても、考えつくのはそれくらいだった。千秋は少し笑うと、眉を下げた。


「えー、覚えてないならほんとに天然でやってんのね」千秋が教科書のページをめくる。「……いやさ、あの時私がどっか行こって言ったら、どこ連れてってくれるのーって手握ってきたでしょ。あんなぐいって来られるの初めてだったから、私女の子相手にどきどきしちゃって、自分なんかそういう気があるのかと思ってびっくりしちゃったよ」


「……そんなことしたっけ」

「したした。ていうかよくやるよね。だって今も左手で私の手さすってるでしょ」

「……あ。ごめん」

「まあいいんだけど! なに、飢えてんの?」


 いたずら顔で、千秋が私の顔を覗き込んでくる。顔がすごく近くなって、息遣いまで分かる、すごい近い、キス、できる距離――。


「……う!」


 我に返って勢いよく顔を離す。


「う?」

「飢えてる、のかな……そういうつもりはないけど、いや、触り心地いいから……ごめんね」

「ちょっとなに落ち込んでんのー。別にいいってば、ほらほら、私のすべすべお肌を触りたまえよー」


 千秋はきっと冗談のつもりで言っていたのだろうけれど、その後の一時間の勉強は、あまり身には入らなかった。


 私は、一体なにを求めているのだろうかともやもやしていた。家族との仲も悪くなくなって、クラスに友達ができて、まだ私は、満たされていないのだろうか。むしろ、色々手に入りすぎて、強欲になっているのかもしれない。

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