第二部 エピローグ

 私を囲んで暴力を振るった彼女は、剣道部を退部処分とされた。周りにいた子たちは、厳重注意で済んだそうだ。私はなにもしていない、信頼のある結城比奈がぜんぶ教師に話してくれて、すべて、とりあえずは解決した。親と一緒に家まで謝りに来たあの子は、私を囲んだ時の威勢なんか完璧に削がれて、ただ情けなさに頬を濡らしていた。これまできっと悪いことなんかしてこなかったのだろう。そしてそれになにが伴うかもよく分かっていなかった。


 私は傷付いていなかったし、文字通り怪我もしてなかった。だからどうでもよくって、部に復帰する時は一緒に先生にお願いしてあげるからと言って、きっちりと和解した。

 

 やがて比奈が三年生になり、私も二年生になった。剣道部は、比奈の最後の大会が終わって、彼女が引退すると同時に、私も辞めた。同級生はともかく、後輩の子たちや顧問の先生からは続けて欲しいと頼まれたけれど、恐らくそのまま続けたとしても、私は上達するどころか弱くなっていっただろうから、これが正解なのだと信じて、辞めた。


 部活を辞めてからは、日々が通り過ぎるのは一瞬だった。比奈は志望する高校に行くために、必死に勉強した。遊ぶ時間は減り、泊まりに行く回数は減った。話すのは、校内でばったり出くわした時とか、帰り道だけになった。


 けれどやがて話すことさえ、彼女が努力の末に志望校に合格して、中学を卒業したことで無くなってしまった。

 

 結城比奈のいない生活というのが、これほどまでに虚しいものだったかと、私は胸が苦しくなった。小学生の頃に一度経験しているはずなのに、これはその時以上だ。日々は誰かのおかげで満たされていて、水を注ぐ人がいなくなった花はすぐに枯れる。ぼんやりとした嬉しかった記憶だけが日光だけれど、水分がなければ茎は折れてしまう。


 それでも私は、やはりなんとか日々を過ごし、ひっそりと中学校も卒業するのだ。小学校の卒業式と同様、中学校の卒業式にも感慨はなかった。繰り返し行われた練習を、あたかも初めてやるかのように振る舞い、歌い、見たことも喋ったこともないお偉い方のお話をありがたがる。唯一、剣道部の堺先生の話は、少しありがたかったけれど。


 思い出があれば、もう少し違っただろうか。部活には力を入れたし、中学では、彼女といられた時間も多かったから、充実していなかったわけではなかったと思う。


 ただ私は、別れを惜しむ暇があれば、早く比奈に会いたかった。


 そう思いながら私は、つまらない卒業式を終え、中学生と高校生の空白期間も乗り越えた。

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