第7話
入学してすぐのある日、新入生歓迎会というのが学校で催され、春の少し暑い日、全校生徒が学校の体育館に集まっていた。生徒会長や校長、そして何らかの役割を持つ教師陣が祝辞、そして「中学はそんなに甘いところではないよ」とか「とても楽しいところだよ」とか、不安にさせたいのかそれとも期待させたいのか分からない話を長々としていた。ただ、私とてそれにほとんど無関心だったわけでもなく、新生活というのにはそれなりに心を動かされていた。不安と興奮が混じって、自分でもどう扱ったらよいのか分からなかった。ぶかぶかの制服に身を包みながら、足をそわそわとさせていた。
そしてそのうずうずの矛先の多くは、他の新入生と同じように、部活動という想像も付かないものに向けられていたのだった。とはいえ自分の意志や憧れからやってみたい部活動というものもなく、私は何を見るより前から、結城比奈と同じ部活動に入るんだということを心に決めていた。
中学に入った時の彼女は、「剣道部に入った」と言っていた。それは小学生の頃から続けていたものだったからという理由であり、彼女の口ぶりからは、実際に中学校の部活動に足を踏み入れてからも、経験者として、そして新入部員として、滞りなくやっているらしかった。私は卒業もまだなのに、ランドセルを背負いながら、私も比奈と同じ部活に入ろうと思っていた。
新歓の見世物としてあらゆる部活動がその競技の見どころを説明していくプログラムがあり、剣道部も例に漏れずその時が来る。
あまりに暑そうな道着と防具を身に着けた二人の剣道部員が壇上に上がり、一礼をして剣先をお互いに向け合う。それを確認すると、今度は舞台袖から、彼女――結城比奈がマイクを手にして現れ、剣道の魅力を語り始める、と同時に後ろの部員が激しく打ち合い始めた。悲鳴とも、あるいは獰猛な動物の威嚇の吠え声とも取れるような叫びと、竹刀が竹刀に、また防具に当たる乾燥した大きな音が体育館中に響き渡る。おそらくは剣道に興味のなかった生徒たちも、その様子に息を呑んでいただろうし、私も例外ではなかった。結城比奈には確かに活発な雰囲気があったけれど、こうまで激しく運動するのだとは思っていなかった。部活中には、後ろで打ち合っている部員と同じように叫び、そして剣を振っているのだ。
その目まぐるしい光景を背景に、私はふと胸に支えを感じた。
彼女と同じ部活に入ることは、決めていた。
でも、私にあれができるだろうか?
生まれてから今まで、きっとお腹から声を出したことはなかっただろう。生まれたときが最後だったかもしれない。けして軽くはないであろうあの竹刀を、ああして自在に操ることができるだろうか。多少重いだけのものすら持ち上げることができない私に、防具を着て、棒を振り回すことができるのだようか。そうして、自分に対してあまりにも消極的な質問を投げかけている間に、新歓は終わった。
その日の夕食どき、両親と話ができるのは一日の中でもこの時間しかないので、私は勇気を振り絞って「剣道部に入部したい」と、父にパンフレットを手渡した。
不安要素はいくつかあった。勉強に集中しろと言われるのではないかということ。理由を問われた時に結城比奈と同じ部活に入りたかったからと言って納得してもらえるかということ。そして何より、金だった。
金がかかるのだ。剣道用の道着、防具、竹刀に木刀。その他諸々。父に手渡したパンフレットにはそれらの値段が載っている。物によって値段に小差大差はあるものも、安くても全部揃えるのに、優に十万円以上はかかる。いくらうちに金があるとは言っても、中学に入学してすぐ――つまり入学金やら制服代やらを払ったばかりの状況で、これだけの出費は簡単ではないはずだった。
「どれが欲しいんだ?」
「えと、その一番安いのでいい」
我慢や遠慮をしたわけではなく、結城比奈がそれを使っているのだ。父は黙ってパンフに目をやったまま頷き「明日までに用意しておく」と言い、それきり何も言わなかった。私は目を丸くしながらもなんとかお礼を言って、夕食を済ませると部屋に戻った。
そこで、私はにやけるのと困惑するのとを交互にしていた。
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