第13話 布教のチャンスだろ?

「これを頼む」


 俺は受付でベテランっぽい受付嬢さんに依頼書と冒険者証を渡す。


「これですか? 確かにCランクの依頼書で受けれる事は受けれるのですが……」


 きっと──依頼内容がはっきりしていない依頼を受けさせる事に戸惑いがあるのだろう。優秀な受付嬢さんだと思う。


 だが、俺も引く気は毛頭無い。


「何か問題でも?」


 俺は更に司祭のエンブレムを目の前に出す。


「……そういえば貴方はリディア教の司祭様でしたね。受理します。貴方達──リディア教の方々にはギルドは感謝しています。こうやって難易度がわかり辛い依頼をこなしてくれるのですから……」


 リディアが俺の後押しをしてくれているような感じだ。問題のある宗教だが、こういう一面があると知ると──そんなに悪くない気持ちになる。


 他の信者には会いたくは無いが……。きっと、そいつらは未知なる強敵に期待して依頼を受けている気がするからな……。


「そうか……俺はやりたいようにやるだけだ」


「それでもです。冒険者ギルドは人々を守る為に設立したギルドです。貴方みたいな人がたくさん増えると嬉しいです」


「そんな事になったら死人が出そうだな? これからも死なせないようにしろよな?」


 志を持った奴は好きだが、無駄死にさせたらダメだろ。その為に受付があるはずだ。だからこそ、俺は受付嬢さんに念押しをしておく。


「ふふっ、そうですね。ご健闘をお祈り致します……」


 笑顔で俺を送り出そうとしてくれる受付嬢さんに俺は思った。


 これは布教のチャンスじゃなかろうか? と。


「あぁ、感謝してるならリディア教に入ってくれてもいいんだぞ?」


「あ、それは遠慮します」


 あれ? けっこう良い流れのはずだったんだが、入信には至らなかったようだ……というか──即答か……。


 やはり、布教というのは難しいな……。


 ベテランっぽい受付嬢さんは笑顔で見送り、俺は苦笑いを浮かべてギルドの外に出る。


 エマはギルドの中にはいなかった。


 エマがいると心強いのだが、仕方ない……。



 しばらく、歩くと──


「……レイさん……」


「──エマ」


 ──俯くエマが俺を待っていた。


「私はレイさんほど強くありません……」


 視線は俺と合わせないエマ。


「そうだな」


 エマは俺より遥かに弱い。


「でも、私は……リディア教の助祭です」


 それでも、言葉を紡ぎ出すエマはこれからきっと心の内を曝け出してくれるのかもしれない。


「そうだな。そして、俺のサポート役だ」


「そうです。私はリディア様を──いえ、拾ってくれたリディア教会を信じています」


「信者たる者、神や教会を信じるのは当然だ」


 俺は全然信じてないけどな……リディアの声聞けてないし、教会は聞けば聞く程ヤバい連中しかいない気がするからな。


 だが、エマにとってはリディア教は掛け替えの無い居場所なのかもしれない。拾って貰ったと言っていたからな……。


 エマは言葉を続ける──


「救いたければ救えば良い──……でも、私にはお務めを果たすだけの力が足りていません……それでも私はレイさんについて行っていいんですか?」


 ──エマは俺を見る。目は真剣だ。


 せめてエマの覚悟を後押しぐらいはしてやりたい──


「構わない──俺が許可する。俺は司祭らしいからな? それにな……別に世の中──強さだけが全てじゃない。エマには俺には無い力があるだろう? エマにはエマにしか出来ない事がある。俺はそれに救われた。それはリディアでは無い。間違いなくエマに救われたんだ」


「『鑑定眼』の力ですよ……それに入ってもらう為の目的もありました……」


「それでも、お前の力に違いはない。確かに俺救われた──それが大事だ」


 そう、俺は支援職に就きたかった。そしてそれを叶えるきっかけをくれたのはエマだ。


「模様の入った薄気味悪い眼って言われていますよ?」


 目はコンプレックスを抱えているのだろう。だが──そんな事は俺にはどうでもいい事だ。


「ふんっ、他人が言った事など俺には関係ないな。俺は別に薄気味悪いなんて思わない。その眼は俺の心を救ってくれた素晴らしい眼だ! それを否定する者など──この俺が叩き潰すッ!」


 エマとは、たった数日の付き合いだ。それぐらいはしてやるつもりだ。


 俺はこいつに。恩返しぐらいはしたい。司祭は助祭の面倒を見ないといけないのであればそれも俺の仕事だろう。


「……ひっぐ……ひっぐ……わだじばひづようどざれでるんでずが私は必要とされてるんですか?」


 エマは泣き出して言葉を紡ぎ出す。


「当然だッ! 俺にはお前が必要だ! さぁ手を取れ──俺がお前を守ってやる。守れなくても逃してやる。進めっ! 毎日、日は昇る! 立ち止まるなっ! さぁ──お務めを共に果たそうっ!」


「──はい」


 俺の差し出した手にエマは震えた手を添える。


「大丈夫だ。お前は立派なリディア教会の一員だ。実際に俺がお前の誘いで入っているだろ? 自信を持て」


「レイさん……言ってる事が司祭様みたいです」


「まぁ、実際に司祭だからな……無理矢理されたけどな」


「確かに……でも悪くないです。私もレイさんのお陰で気持ちが楽になりました……馬鹿じゃなかったんですね?」


 照れ隠しをしながらも、調子が戻ったエマは俺を揶揄う様に告げる。


「俺は俺のやりたいようにしているだけだ。後、馬鹿は余計だな。俺は馬鹿なんじゃない。ただ世間知らずなだけだ」


「そうですね。レイさんは馬鹿じゃないです。信念を持って、考えて動いています。たまに天然ですけど……」


「失礼な! まぁ、これからもよろしくな」


「はいっ!」


「エマはそうやって笑っているのが1番だな……笑顔が良く似合う」


 俺は正直に思った事を口に出すと──


「──!? もしかして口説いてるんですかね!? まさか私に惚れちゃいました??」


 ──エマはいつも通り、揶揄うように言ってくる。


「ふっ」


 俺はそれに「お前、何言ってんの?」的な感じで返す。


「うわっ! その反応めっちゃ腹立ちます! どうせチビで胸も無いし、魅力なんて皆無ですよ!」


「別に良いじゃ無いか。そういうのが好きな奴も世の中いると思うぞ?」


「遠回しに私をディスりやがりましたね!?」


「いや、俺は思った事を言っただけだぞ?」


「むきぃーーっ! そこは俺は嫌いじゃないけどなとか気の利いた言葉をして下さいよ! 絶対に惚れさせて貢がせてやるです!」


「はいはい」


 お互いに笑いながらそんなやり取りをしつつも俺達は依頼主の村に行く為に準備を整える事にした。



 この時──エマと俺の間には微かに絆が出来たような気がした。

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