第12話 詐欺依頼?
「お嫁にいけません」
朝っぱらからエマはそんな事を俺に言ってくる。
昨日の夜は特に男女でいちゃこらがあったとかは一切なかったはずだが?
「一応聞く……何でだ?」
「嫁入り前のあられもない姿を見られたんですよ!? 責任取って下さい!」
あられもない姿か……故郷に住む、読み書き計算を教えてくれた人が教えてくれた優しい方の母さんはとても出来た人だったな。唯一優しい存在だったが、怒ると口元が三日月状になって怖かったけど。
さて、確か──あられもない姿の意味は貞淑な女性に似つかわしくない姿だったはずだ。
つまり、操がかたく淑やかと言いたいのだろう。
この際、操がかたいのは信じるとしよう。しかし、腹のはち切れん姿のどこが淑やかと言うのだろうか?
「エマさん、ご冗談がお上手ですね」
「何故敬語!?」
「まぁ、冗談は置いておいて。ギルドでも醜態見せてるんだから俺だけに責任を取らせるのは違うくないか?」
「……だって久しぶりだったんですよ?」
「何が?」
「あんなに食べたの……」
「いや、そこ頬を赤らめて言う事なのか?」
「うぅ……」
「また腹一杯食わせてやるから、そろそろ機嫌直せ。さぁ、ギルドに行って一回──Dランクの依頼書を見てみよう」
「はい……」
俺達はまた冒険者ギルドへ向かう。
中に入ると、凄い人混みだった。
「エマ、凄い人だな」
「依頼の大半は朝に張り出されますからね。朝は依頼の取り合いになる事が多いですよ? 良い依頼があると良いんですが……」
「……では、このエンブレムの出番じゃないのか?」
「──なるほど! それならゆっくり依頼を見れるかもしれません!」
「良し、装着したし行こう」
俺達は依頼板の所まで進むと──
群がっていた人達は蜂の子を散らすように離れていく。
このエンブレム……やはり凄い効果だな!
人混みが嫌いだから次からはこれ使うか……。
「えーっと、DランクだからCランクの依頼もいけるよな?」
「そうですね。Cランクからは一気に難易度が上がっていますから報酬も良いですよ?」
「じゃあ、Cランク一択だな。多少の危険はなんとかなるだろ。もはや、なりふり構ってられん。俺達には金が必要だ!」
「そうです! お金は大事なんです! 分からない事があったら聞いて下さいね! 絶対ですよ! たまに詐欺みたいな依頼がありますから!」
「わかった」
詐欺みたいな依頼があるのか?
ギルドが管理して精査しているんじゃないのか?
まぁ、良い。少し見てみるか。
どれどれ、Cランクの依頼は──
やたら討伐依頼が多いな……他は護衛依頼と、素材回収か。
他には──行方不明者の事件解決? 依頼主が国で報酬金貨15枚か……かなり良いな。けど、これBランクの依頼だし受けれないな。報酬がかなり良いのはBランク以上か……高ランクなら上納金は余裕で稼げそうだ。ただ、この街にはこれ以上良い依頼が無い。
「その害虫駆除の依頼はどうだ? 銀貨20枚と書いてあるぞ? 素材も全てこちらがもらっていいらしいけど?」
「却下ですね。これは典型的な詐欺依頼です」
「何で? 害虫だろ? 別に虫ぐらい簡単に退治出来るだろ? 報酬もそこそこ良いじゃないか」
「……これ害虫駆除って書いてますけど、素材をこっちが貰って良いって事は、おそらく魔物の駆除ですよ? それに詳しい内容が書いてないじゃないでしすか。何の駆除なのか書いてない依頼は強敵と出会う事もあるんです。あと、この依頼の日付を見て下さい。既に1週間ほど経過していますよね? つまり、他の冒険者もそう予想して放置しているんです」
「なるほどな。敵が不明でリスクがわからないから放置されているんだな」
「そうです。冒険者は慈善事業じゃないんです。それに依頼主が近隣の村の村長です。おそらく村の脅威となる存在が村を襲っているんだと思います。こういうのは大事になると国や冒険者ギルドが討伐隊を組みます。こんな危険な依頼受ける人なんて──いますね……ウチの信者が……」
「ぷはっ、なんだそれ。リディア教の信者は依頼受けるのか?」
笑いが止まらない。
リディア教の信者は受けるのか……エマは強くないから受けたくても受けれないのかもしれないな。
エマが言った事はあくまで冒険者視点での話だ。
依頼主の視点からの話ではない。
この依頼はおそらくだが、かなり緊迫している気がする。
「エマ……この村は貧乏だから報酬が銀貨20枚なのだろうか?」
「かもしれませんし、安い値段で依頼を出したいだけかもしません」
「仮に──貧乏である場合……もし、脅威が迫っていたら……この村はどうなるんだろうな?」
「全滅するかもしれません……」
「その後、討伐隊が組まれても死んだ者は戻らない。危険な魔物がいるのであればお務めするべきなのでは?」
「……それは……そうなんですが……」
俯き答えるエマ。
「リディアの教えでは『救いたければ救えば良い』とあった。他のリディア教信者は戦いたいだけかもしれないが──俺は救いたい」
「……それが詐欺依頼だったとしてもですか?」
「そうだ。それが俺にとって1番後悔が無い。『後悔するな』ってリディア教の教えにもあっただろ? それに詐欺だった時は別に依頼を放棄すればいいだろう? 害虫駆除と比喩するからに──大量の魔物がいるのかもしれない。数は暴力だ。本当に危機に陥っているのであれば──信者として布教のチャンスだと思わないか?」
「……そんな言い方卑怯です……」
俺は俯く頭をぽんぽんと掌で叩く。
「着いて来るか来ないかは任す。害虫が弱い可能性もあるからな……もし、強敵だったとしても来るのであれば──俺が必ず、お前ぐらいは守ってみせるし、最悪逃げて良い。俺には撤退の二文字は無い!」
実際の所は故郷の人達なら撤退の二文字しかないが。
「……」
俯いたまま動こうとしないエマを尻目に俺は依頼書を剥がして受付に持っていく。
あくまでこれは俺の我が儘だ。無理強いはしない。
ここでエマとさよならをするのは寂しいが……俺にも引けない理由がある。
力の無い者は力の有る者に蹂躙される。
これは俺が村で育って1番教訓になった自然の摂理だ。
昔、俺には兄と呼んでいた存在がいた。
そして、兄は強かった……訓練する度に強くなる姿に俺は憧れた。
しかし、幼い時──
村を抜け出した俺は強敵に襲われた際に兄の命と引き換えに助けられる。
後から母さん達が助けに来てくれたが兄は瀕死の重症だった。
何で助けたんだと死に際の兄に訴えると兄は『守りたいから守った』と言った。
俺は無力を痛感した。
残された俺は思った──
『力が無いのは罪』だと。
それ以降は訓練も真剣に取り組んだ……。
まぁ、強くなれなくて自衛出来る程度で諦めて外に逃げてしまったが……。
俺は兄の事があってからは後悔のないようにはしている。今回も俺がやりたいからやるだけだ。
別に勝てない相手がいたり、詐欺依頼なら放棄するつもりだから正義感なんて無い。
今まさに昔の俺と同じく弱い者達がいる(かもしれない)。
そして、その者達は誰にも守ってもらえない。
俺に勝てない相手がいるのかもしれないし、そうじゃないのかもしれない。
それなら別に俺が勝手に手を差し伸べてやっても良いだろう?
俺も昔よりは成長している。今の俺なら昔の俺みたいな『力無き者』を助ける事も出来るかもしれないし、兄を死なせた罪を少しでも償えるかもしれない。
所詮は自己満足だ。
それに母さん達や兄がこの場にいたらきっと言うはずだ。
『やりたいようにやれ』
と──
だから俺はやる──
村から出た時『好きなように生きる』──
そう──決めたんだ。
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