挟まれたクイズ [後編]


 今度こそ、矢文さんに聞こえないようにこっそり聞こう。


「図書委員さん、『絵本』の棚はどこにあるかな?」


 カウンターで黙々と本を読んでいた、もう一人の図書委員に声をかけた。


 肩までの黒がかった茶髪、細い黒縁の眼鏡を掛けている、線の細い女子生徒だった。


「『絵本』ですか。R9〜R13の棚が該当します」

 絵本だけでも5つの棚を占めているらしい。

「絵本だけでも結構種類があるんだね」


「図書委員の仕事は、年に1回の古本市や年に2回の書架整理、ふた月に1回のビブリオバトルなどが有名ですが、季節ごとに1度、近隣の幼稚園に絵本や紙芝居の読み聞かせをする活動も行なっています。そのため、絵本も豊富な種類があるんです」


「うーん。じゃあもう少しジャンルを絞ろう。『』の棚はどこにあるかな?」

「それですと……、R13の棚の入口側にあると思います」

「ありがとう」


「なるほど、そういうことですか」

 女子生徒は眼鏡をくいっと直して、初めて私の方を見た。眼鏡越しに見えるくっきりとした瞳が印象的だ。


「15ページと16ページの間に挟まれた栞。表裏一体のページに栞を挟むためには、空間があればいい。飛び出す絵本のページは、隙間が空いています。そこになら栞を挟み込むことができる……、と。そういうことですか」


 彼女の言う通り。

『飛び出す絵本』ならば、その矛盾を解決出来る。

 絵や仕掛けを仕込んでいるページは、普通の本とは違って分厚く、隙間が空いているものがあるからだ。


 全ての飛び出す絵本のページに隙間が空いている訳では無いだろうから、そこは探し出す必要があるけれど。

 その場所のヒントが、『15ページと16ページの間』だったというわけだ。


 それはそうと、もう一つ矛盾を見つけた。


「君も……、灘解君に告白したのかい?」


 女子生徒は、むっとした顔をした。

 彼女の感情をここで初めて確認できた気がした。


「どうしてそうなるんですか」


「灘解くんが『この問題を解いた人と付き合おう』と提示したのがこの栞の問題だ。灘解君に告白した人だけが知り得る情報なんだよ。それを私が話す前から知っていたということは、君も告白をしたのかな、と。この論理は筋が通っているだろう?」


「そうですね。ですが、私は彼に告白なんてしていません」


 彼女は立ち上がり、私と向き合った。

 背は矢文さんと同じくらい。女子の中では低くもなく高くもなく、と言った感じだろうか。


「私は三年八組の棚月たなつき 書子しょこと申します。彼と同じクラスで、先日、彼にこの問題クイズを出題されていました。彼が作る問題の難易度を測るために、テストとして時々出題されるのです」


「そういうことか」


 …………?

 納得すると同時に、私は少しだけ違和感を感じた。


「さて、答えは分かったけれど、どうしようかな」

「何がですか?」

「私は、生徒たちの恋愛相談を請け負っていてね。灘解君に告白した子が、この『栞の問題』を出されて、全然分からないから困っているってね。この答えを教えてあげたら、彼女は灘解君と付き合うことになるだろう。それが本当に良い事なのか……、それを悩んでいるんだ」


「それを……、この私に相談している訳ですね」


 棚月さんはクスッと笑った。

 そう。私が生徒に相談することもある。これもある意味、恋愛相談と言えるのかもしれない。


「その点に関しては、心配いらないでしょう。きっとその子は、灘解君の奇妙な性質を知りませんから、すぐに音を上げて交際を解消するでしょう。早く彼の難解さを知った方が、その子のためです。答えを教えてあげて差し支えないと思いますよ」


「……」

 すごいズケズケとものを言う。


「彼は君にとって、どういう存在なんだい?」


「そんな改まって言うことじゃないですよ」


 彼女は目を閉じて、何かを諦めたような、それでいて気持ちのいい笑みを浮かべて言った。

「ただのクラスメイトです」




 ◆


「……というわけなんだ。栞は飛び出す絵本の15ページと16ページに挟まっていると思うよ」


「え!! すご!! 先生、ありがとうございます! よし、縁! 飛び出す絵本を片っ端からここに持ってきて!


「いーや、お前がこっちに来い!」


「え?」


 目録君が、矢文さんの手首を引っ張って、奥の棚の方に消えていった。


 これで良かったのだろうか。

 恋愛相談に明確な答えはない。

 あとは当事者である、君たちに委ねるしかない。


「よし、これで今回の依頼は完了かな」




 ◆


 後日談。


 矢文さんは無事、灘解君と付き合うことになったらしい。

 そして、

 その三日後、その交際を解消することにしたとのこと。


 職員室の前の廊下で彼女の報告を聞いた。


「鶴見先生! 聞いてくださいよ! 彼、マジックテープの財布を使っていたんですよ! ちょっとありえなく無いですか!?」


「えぇ!! まさかそんなことで交際をやめたの?」


「財布は着ている服の一部ですよ。アクセサリーですよ。先生だって、指輪が輪ゴムだったらゲンナリでしょう?」


「そのたとえは極端過ぎないかな?」


「かっこよくて、知的で、優しくても財布がそれだと私としては無しです。私の女子高生の期間はあと1年とちょっとしかないんですよ! 青春は有限なんです!」


 何故か私が怒られている始末である。

 ご、ごめんなさい……?



「おーい、絵巻。早く帰ろーぜ」

「はいはーい! じゃ、ありがとね! 鶴見先生!」


 矢文さんは呼ばれた声の方に走って行った。

 なるほど。

 彼女は彼女なりの、良い人を見つけ出せたようだ。


「最初から私の出る幕は無かったのかな」


 それに灘解君。彼にも気になる人がいるみたいだから。

「彼が『難題』を出す意味は……、もしかしたら……」


 私は職員室の自分の席に戻り、ひと息ついた。


 分かっているからこそ、何もしないことも必要だ。

 結局は決めるのは君たち自身なのだから。


 しかし、だからこそ。

 迷った時はなんでも相談して欲しい。


 ここはブライダル同好会。

 君たちの悩みは、私も一緒に引き受けよう。



『答えはひとつじゃない。二人で考えよう』







番外編『挟まれたクイズ』    完





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