挟まれたクイズ [中編]

 ブライダル研究会に依頼が届いた。

 三年八組、クイズ研究会会長 灘解なだかい 智己ともみに告白したら、「この問題が解けたら付き合おう」と難題を出されたという。


   ◆


『図書館の本にお気に入りのしおりを挟んだまま、その本を返却してしまったんだ。確か15ページと16ページの間だったことは覚えているんだけれど、肝心のタイトルを忘れてしまったんだ。探してきて貰えないかな?』


   ◆




「うーん、その問題文だけじゃ難しいよね」


 椿ノ峰高校の図書室の蔵書数は膨大だ。漫画、小説、参考書。画集に絵本、辞典に白書。果ては紙芝居から古新聞まで。創立以来の歴史がうずたかく積み重ねられている。タイトルの一部やジャンルだけでも絞られていないと、見つけることは出来ないだろう。

 百個ほどの指輪の持ち主を探す方が簡単かもしれない。


 クイズを聞いたその場で答えは出なかったので、そこで面談はひとまず終了した。

 そのまま図書室へ赴く。


 改めてその本の多さに圧倒される。

 この中の該当する本一冊を探し当てるのは、砂漠で一粒の砂金を探し出せと言われているものとほぼ同じだ。


 目の前では先程の矢文やぶみさんと、その友人らしき男子生徒が本を机に積み重ね、パラパラとめくっては棚に戻すのを繰り返していた。

 彼女にとっての知恵は『私の持ちうる全ての手段を使い果たす』ことだと言っていたから、しらみつぶしという作戦を取っているのだろう。これは相当気が遠くなる作業だ。


えにし、ペースが遅いよ。もっとキビキビ動いて! 早くしないと先輩が卒業しちゃうでしょ!」

「役割分担おかしいだろ……。俺が机の上に持って行って、確認が終わったら戻す係で、お前は?」

「椅子に座ってしおりの有無を確認する係?」

「確認するだけなら棚の前で一冊ずつ見れば俺要らないだろ!?」

「えー。だって棚の前にずっと立ってるの疲れるしぃ? 下の段はしゃがんだり、上の段はハシゴ持ってこないといけないから疲れるじゃん」

「……はぁ。こいつの性格の悪さ、先輩早く気付いてくれねぇかな……」


 私から見れば、矢文さんは彼のような優しい生徒が似合っていると思うのだが……。今は遠くから見守っていることにしよう。


 私はカウンターに座る生徒に話しかけた。

「すみません、図書委員さん」

「はい!」

「え?」

 後ろから元気な声が聞こえたと思えば、矢文さんだった。


「え、どうしたんですか? 先生今私を呼びましたよね?」

「あぁ、そういうことか。カウンターにいる図書委員に話しかけようとしたんだけど、矢文さんも図書委員だったんだね」

「はい。私とこいつが二年一組の図書委員なんです」

「こいつじゃない。俺にはちゃんと目録もくろく えにしという名前があるんだぜ。宜しくお願いしますよ、せんせい」

 矢文さんにさされた指を避けた目録君と自己紹介をし合った。


「じゃあ矢文さんに聞くとしようか。灘解先輩が借りた本は、貸出カードを見れば分かるんじゃないのかな」

「先生、それは私もそうですし、私の前に告白チャレンジした友達も確認しましたよ。先輩の借りた全ての本を見ましたが、でした」


 なるほど。問題文に『借りた本』とは書いてなかった。そこからその本を特定することはできないようだ。


 試しに書棚にある本をパラパラとめくってみた。

 まだ矢文さんが見てなさそうな、奥の方の棚だ。

「まぁ……無いよな」


 15ページと16ページの間に挟んだ。

 比較的早いページだから、確認することは容易いが、これを全ての本に適用するとなるとやはり、本のジャンルだけでも特定させたいところだ。


 そうして数冊を確認したところで、一つの奇妙な点に気付いた。


「矢文さん、もしかしてこのクイズの答えが分かったかもしれないよ」

 私は真剣な顔をして彼女に伝えに行ったが、当の矢文さんはにやにやと笑っていた。

「先生、多分違うと思いますけれど、聞かせてもらえますか?」

 その笑顔が少し気になったが、私は参考書を一冊取り出して机に広げた。

「実際に見てみれば分かるんだよ。本は奇数ページと偶数ページの間に栞を挟むことはできないんだ」


 奇数ページと偶数ページは表裏、表裏一体。栞を挟むことが出来るのは、見開きである、だ。


「クイズの答えは、『栞を挟むことは出来ない』、なんじゃないかな?」


 矢文さんは、私の答えを聞いて、びっくりした顔をした。

「先生、すごいね! 私の友達が1週間かけてたどり着いた答えに、たった数十分で気付くなんて!」


「うんうん、え? 矢文さんの友達?」


 さっきもその話をしていた。

 矢文さんの友達も、灘解先輩に告白していたと。


「私の友達がそのことに気づいて、『栞を挟むことは出来ない』って答えたんだけど、不正解なんだってさ!」


『仮にもクイズ研究会会長の僕が、『解無し』なんてクイズを出すと思うかい? きちんと答えはある』


「って言われたんだって! もう分からなくて、なら全ての本を探すしかないじゃない! ほら、縁。この本戻しといて!」


 違ったか……。

 でも、これはクイズの答えにたどり着くまでの足がかりヒントだ。


 図書室のどの本だって、奇数ページと偶数ページとの間に栞を挟むことは出来ない。

 なら、逆に考えてみよう。


 どの本ならば、栞を挟むことが出来るのか?

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