【番外編・6月】ブライダル研究会

挟まれたクイズ [前編]

 ブライダル研究会を発足して数日。

 恋愛相談はあとを絶えない。


 私、鶴見 繕郎は一年生の偶数クラスを受け持つ社会科の教師だが、同時にとある事件を経て『ブライダル研究会』という同好会を設立した発起人でもある。


『答えはひとつじゃない。二人で考えよう』、がキャッチコピー。

 生徒の恋愛相談を主に請け負う。相談内容は多岐に渡るが、あくまでも相談者自身が最終的には判断をして決めること。

 恋の相手は自分が決めるべきだと私は考えるからだ。


 これからの人生を共に歩むパートナーは、誰に言われたからとかではなく、自分の感性で決めて欲しい。その感性に従った想いこそ、成就されるべきだと私は考える。


 と言っても、恋愛も結婚も、双方的なコミュニケーションが必須だ。片方が成就を求め、それを一方的に手伝うことは私の主義には反する。双方とも相談し合い、気持ちや性格の相性を話し合うことが、重要だ。


 だがそれはあくまで理想的なこと。双方的なコミュニケーション自体が難しいケースもある。


 依頼内容は『告白以前』の、『〇〇くん、〇〇さんに声をかけたいがどうしたら良いか』というような相談が大半を占める。

 それ以外は、『告白するから背中を押してほしい』、『応援して欲しい』、『離れたところで見ていて欲しい』といったものもあった。


 告白を実行し、正式な交際が始まってからは、私が介入する必要などない。


 部外者は無用だ。彼らには彼らなりの時を刻んで欲しい。


 基本的には生徒自身の力で成し遂げて欲しいというスタンスなのだが、今回、私の元に届いた依頼は、今までのものと比べると少し特殊だった。


 依頼者は二年一組、矢文やぶみ 絵巻えまき

 依頼内容は、『クイズの答えを教えて欲しい』。


「うんうん。なるほど。……それはどういうことかな?」


 相槌を打ってあらゆる可能性を追ってみたけれど、結局分からなかったので改めて聞くことにした。

 恋のパズルの答えを教えて欲しい、みたいな詩的な表現だった場合、それでもやはり同じ質問を投げかける必要がある。


 パズルでもミステリーでも、必要な情報ピースが無いまま考えても正しい答えは導き出せないものだ。


「先生、三年八組の灘解なだかい先輩って知ってますか?」

 私は首を横に振った。

「ごめんね、知らないみたいだ。その彼が君の告白相手なのかな?」

「そうなんです! とってもかっこよくて、知的で、それでいて優しくて、素敵なんです!」

 彼のことを話す矢文さんは、目の中に星が光っていて、眩しいほど笑っていた。彼女が彼を本当に想っているのが伝わってきた。


 矢文さんは、弓矢の矢のような特徴的な髪留めを、後ろに丸めた髪に差していた。私もどこかに鶴のアクセサリーを取り入れた方が良いだろうか。


「うんうん。それで、告白をするための勇気が欲しいってことかな?」

「違います。もう告白はしました」

「え! あぁ、そうか。それなら告白は成功したんだね。その幸せそうな顔を見ればよく分かるよ」


「違います」

「え!? そうなのか。それなら告白はうまくいかなかったから、気持ちを慰めて欲しい……感じでも無さそうだね」


「そうです。灘解先輩に告白したら、こう言われたんです」



『ありがとう。君の気持ちは嬉しいよ。僕は、今彼女はいない。もし彼女になってくれる人がいるなら、その子とクイズを出し合って、己の知を高め合いたいと思っているんだ。だから、このクイズを解いてみてくれないか』


 そこで何故クイズなのか。

 それは、彼がクイズ研究会の会長だからだそうだ。某高校生クイズ大会にも出場した経験があるんだとか。


「……そのクイズを解くことができたら、君との交際を受け入れてくれると、そういう事なのかな」


「はい! それで、先生の知恵をお借りしたいなって。先生は、知恵試しに他人の力を借りるなんてって、思いますか?」


「今回の場合は灘解くんの『知恵試し』が、自力を指すか他力を指すかと考えれば、自力だろうからね」


 そのクイズがどのようなものなのかは分からないが、自力で解くべきものだと思う。


「でも、私の考える『知恵』は、『私の持ちうる全ての手段を使い果たす』ことだと思います。クイズを解いて、必ず先輩の心を掴み取って見せます!!」


 彼女の目は真剣そのものだ。

 私も彼女のその真剣な気持ちに応えたい。


「うん。二人が話し合ってより良いお付き合いが出来るように、私自身も応援したいと思うよ。じゃあとりあえず、そのクイズを教えてもらえないかな」


 そもそも私に聞かなくても、ネットで検索してしまえばほとんどの叡智を借りることが出来る。

 しかし、それをしないことはどういうことなのか。


「はい。クイズはこんな感じでした」



『図書室で読んでいた本にお気に入りのしおりを挟んだまま返却をしてしまったんだ。15ページと16ページの間に挟まったままだってことは覚えてるんだけれどね。何の本だったかは忘れてしまったから、途方に暮れているところだよ。もし良かったら、探してきてくれないかな』



 しおりを、探せ……?




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る