後日談

 後日談。


 見知らぬ指輪が数十個落ちていたあの事件は、『千手観音の落とし物』という名前(さち姉案)で、『ツバキノミネート』の活動報告としてまとめあげられるらしい。


 千手観音の指輪だったら、最大5,000個指輪が落ちていることになる。誇大広告じゃないか? とは思うが、都市伝説の活動報告なんて、そのくらいがちょうどいいのだろう。

 落とし物はあれから順調に増え続け、約100個に膨れ上がった。落とし物カウンターはパンク状態。ただのイタズラだったとしても、知らんわほっとけ、って訳にもいかない。落とし主を見つけるまでは、この活動も終わらない。

 風紀委員も手伝ってくれないか?


 鶴見先生は、新しいクラブ、『ブライダル研究会』を立ち上げ、生徒の恋愛相談も請け負う、大人気の先生となった。


「答えはひとつじゃない。二人で考えよう」がキャッチコピー。生徒たちが楽しく恋ができるように。失恋したとしても次の恋に踏み出せるようにアフターフォローも万全。

 風紀委員のお墨付きらしい。


 橙井は「競合他社が出来たな」なんて言っていたが、全然別物だと思うぞ。


 俺らがさち姉に言われて準備したポートフォリオは、ブライダル研究会の活動報告に使用されるらしい。


 俺が言うのもなんだが、ジューンブライドは本当だ。決して噂話や都市伝説などでは無い。


 愛するもの同士が健やかなる時も、病める時も共にいることを誓い合う。華やかなドレスを身にまとい、その瞬間だけを切り取っただけの写真集。


 ただそれだけのはずなのにな。その幸せの瞬間が、今後もずっと続くだろう、いや、ずっと続いて欲しいと誰もが願う。そんな素敵な笑顔が写真に収められていた。


 ブライダル研究会の部室には、そんな本物の愛が、鶴見先生と奥さんの写真が飾られているという。

 末永くお幸せに。そして、俺も陰ながら応援させていただこう。椿ノ峰高校で、恋をする生徒全員の幸せを。


 全てが上手くいく答えは無いだろうが、前向きに考え続けて欲しい。人が人を好きになるということは、尊いものなのだから。


 しかしま、全てが尊い訳でもないだろう。陰と陽。光と影。裏方はツバキノミネートが引き受けよう。厄介事は適任者がいるからな。


 もしここで恋に敗れてしまっても、気にする必要は無い。学校という狭い世界で見つけずとも、学校を卒業してしまえば広い世界が待っているんだぜ。


 高台の行き止まりである、椿ノ峰高校。

 そこから見渡せる海を見て、深呼吸をして気持ちを切り替える手助けなら、ブライダル研究会やツバキノミネートじゃなくったって、各々の友人たちがやってくれるさ。


 一人のイタズラが、約百個の指輪となって、学校を騒がす力になる。一人の想いが、研究会を立ち上げ、学校を賑わす力になる。この狭い世界なら、行動をするだけで簡単に世界を変えられるってことなのかもしれないな。


 各クラス40人の一学年12クラス。総勢約1,500人もいる。狭い世界だと言っても、なかなか広い世界だよな。俺の与り知らないところで、様々な事件や騒動、噂話や都市伝説が出来上がっていても不思議じゃない。


 鶴見先生も言っていたが、「生徒も教師も、成長できるのが学校だ」と。この狭い世界で、約1,500人が成長しているんだから、何が起きても不思議じゃないな。


 俺はといえば、ブライダル研究会のポートフォリオ作成が終わったかと思えば、来月頭に迫った体育祭の準備に駆り出されて大忙しだ。

 指輪の落とし主探しもあるし。成長する暇がない。


 テストに祭りに、なんだかんだ忙しいんだな、高校生ってやつは。


 俺は仕事が早く終わる妙案を思いついた。

 体育祭の新種目を提案しよう。


『見知らぬ指輪の借り物競争』。


 持ち主を探し出せば次の走者にバトンタッチって寸法だ。一石二鳥だろ?

 みんなで助け合おうぜ。生徒諸君。








6月 見知らぬ指輪 『千手観音の落とし物事件』   完




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