7月 鯨よりも深く

第1話 誰よりも早く

「今年は青が一等賞だろうね」

「は?」

 橙井が何ともなしに呟いたのを、俺は聞き逃さなかった。


 椿ノ峰高校、7月1日。体育祭当日だ。


 種目のひとつ、部活動・同好会対抗コスプレリレーの申請で、朝に一度、ツバキノミネートのメンバーが揃うことになった。橙井とさち姉と俺。瑞田は欠席だ。ジャンケンで勝ったから橙井が2回走ることになった。


 体育祭は6つの組に分かれていて、基本的には組ごとの点数を競う。

 色は6色。赤白青緑黄桃。橙色は無い。

 橙井のクラスは青組だった。


『「今年は青が一等賞だろうね」』


 つまりこれは俺に向けた宣戦布告。

 種目のひとつ、障害物競走【煉獄】で橙井と俺はかち合うことになっている。

 雑巾崖下り、賽の目砂浜、心臓泣かせの坂などの地獄のような障害を越える、鬼レース。


 ここでの勝敗で学食デザート1ヶ月分を賭けている。

 橙井が勝つ方に我が悪友クラスメイト梔子くちなし細石さざれいしが。試崖が勝つ方に俺とさち姉が同じように賭けていた。

 負けられない戦いがそこにはあるのだ。


 橙井よ。妄言は寝言だけにしてくれ。

 今日という今日は、正面から真っ向勝負だ。

 口では勝てない。もちろん成績でも勝てない。

 なら、レースならどうだ?

 体格は俺も少しは恵まれている。人より手も足も長い方だ。必ずやレースで出し抜いて、橙井の悔しがる顔を拝んでやる。

 ぎゃふんと言わせてやるのだ! 必ずや!!


 本日は晴天なり。今日は絶好の体育祭日和だ。


 青く澄み渡る空の下で、

 赤く煮え滾る闘志を胸に。


 さぁ、準備体操もそこそこに。

 けちょんけちょんにしてやるぜ、橙井!!


 ……と、腕を回し歩き始めた俺は、思わず足を止めた。

 各組を応援するために書かれた大きなポスター。

 その一際透き通るような青色に目を引き、引き止められたのだ。


 そこには、一匹の鯨が描かれていた。

 作者は一年一組。真向まむかい 鳩麦はとむぎ



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