借り物狂想曲 [後編]


 その紙は二つに折りたたまれていた。

 彼女がゆっくりと、そして恐る恐る開けば、でかでかと『』と書かれていたのだ。


「ふ、ふーん。親友ね。親友かぁ。なるほどね。ま、そりゃそうよね。照れくさくて言えないよね、ふむふむ」


 薫子さんは嬉しいような、ちょっと期待していたのと違うような、微妙な笑みを浮かべて、二つ折りに戻したその紙をあたしに返却してきた。


「情報屋は信用が第一、だ。今回は薫子さんに信じてもらうための特別価格だが、次回以降情報屋として頼るってンなら、――“その情報を欲しい理由”を支払ってもらうぜ」


「うん。ありがと、緋扇さん」


「……あ。そういえば。あたしが情報屋やってるって、誰に聞いたンだ?」


 情報屋であるということは大っぴらにしていない。自身の身を守るためでもあるし、必要な人にのみあたしが情報屋であると伝える、紹介屋の存在もあるから。


「ふふ、どうしてそんなことが知りたいの? ”理由を教えてくれないと”、ねぇ?」


「……ぐっ」


 なるほどな。こう見られているわけか。あたしは。

 意趣返しとは、確かにこれは、少しいじわるに見えるのかもな。


「ありがと、緋扇ひおうぎ 朱灯あけびさん。あなたとは良いお友達になれるのかもね」


「……それは気のせいだろ」

 それはほんとに。


 あたしは薫子さんとは違う。

 あたしが情報屋をしている理由。きっかけは些細なことでも、高校になってなお続けているのは、――全然わかんないからだ。


 友情とかはわかるけど。恋とか愛とか、嫌いとか苦手とか。見て取ることはできても、理解することはできない。他人の行動原理っていうのに興味があって、知りたいと思った。


 ただそンだけ。そンだけ。



「じゃ、また明日、学校でね」

「はいよ。今後ともご贔屓に」


 あたしの口から真実が出る前に、薫子さんは教室を後にした。


 ふうん。実は、彼女は『真実』を目にしたようで、そのじつちっとも『真実』を食べちゃアいなかった。


 薫子さんが返却した紙に書かれた文字をよく見る。


 その『お題』は『親友』ではない。

 二つに折りたたまれた紙の左側には『親』、右側には『友』。

 そして紙の中央には小さく『or』と書かれている。


 試崖くんのお題は、『おやorまたはとも』だったって訳だ。


 親御さん達のいるエリアよりも、自分のクラスのエリアの方が近かったので、『友』を選んだ。おそらくその頃もう一人の友達の細石くんは次のレースの準備とかで席を外していたんだろう。


 だから梔子さんが選ばれた。試崖くんがレースで1位をとるために。


 これはこの『お題』の書き方が悪い。しかし、試崖くんはきちんと『親or友』と読んでいたのだし、落ち着いて読めば読み間違えることは無い。


 読み間違えるのは、その人が『そう読みたい』場合だ。

 薫子さんにとって、試崖くんは『親友』と言えるのかもしれないな。


 異性の親友ねぇ。

 恋愛とか青春と同じくらい、そんなものもまるで信じられないしこれもまた理解しがたい関係性だな。


 いや、でもまあ、そんなこともねーか──。



「“対価”のお支払いをどーも。……ま、後払いだけど」


 あたしは『お題』の書かれた紙をビリビリに破いてゴミ箱に捨てた。

 さて、今日は疲れたし、早々に家に帰ってスマホゲームでもしようっと。



【番外編・7月  借り物狂騒曲】      完

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