8月 夏が燻る
第1話 夏が滞る
推薦状
拝啓
暑さ厳しい折、皆様益々ご健勝のことと存じ上げます。
8月となりました。夏休み中ではございますが、運動部の部活動も盛んになっています。校内のグラウンドや体育館では、照りつける日差しの中、熱気籠る体育館の中、生徒たちが汗を流し、技を磨き、己を高め、切磋琢磨している姿を見受けられます。
そんな折、部室棟のシャワー室が壊れてしまいました。速やかに修理依頼をし、8月の7日土曜には使用可能になる予定でした。ところが、何者かに校内に侵入され、単なる経年劣化だったシャワー破損が、破壊行動による破損となって、さらに1週間程度の不使用を余儀なくされてしまいました。
夏休みを費やし汗を流す、彼らのための設備を万全なものにする。それが私の使命ではありますが、それが滞ってしまいました。
これは私、御裏による監督不行届によるミスではありますが、再度同じような事が起きてもよろしくないかと存じます故、このような形で推薦状を出すことと相成りました。
このシャワー室損壊事件の犯人を突き止めて頂きたく存じます。
二年一組 橙井 壱氏を推薦します。
先日もお世話になったばかりではございますが、彼以外に適任はおりません。是非ともよろしくお願い致します。
なお、犯人を突き止めた際は、身柄は私に引き受けさせてください。きちんと私の手で更生させてみせます。後始末は私の業務内でございます。
それでは、暑い日が続きますが、体調を崩されませんようご自愛ください。敬具。
二〇二一年 八月 九日
椿ノ峰高校
事務員 御裏 始末
◆
「暑い」
暑いと口にしたところでお天道様は気を利かして温度を下げてくれる訳では無い。こう自己主張しておかないと世界は何も変わってはくれないのだとか、そんな高尚な思いは無いのだが、何か喋っていないとここでこうして見張りをしている意味を考え始め、その無意味さに辟易してしまう。誰か話し相手がいればいいのだが、監視員は一人で充分だった。
何が悲しくて夏休みの真っ只中、監視員なんて暇で暇で仕方がない仕事をしているのかと言えば、それは俺がどの部活にも所属していないからに他ならない。
ツバキノミネートという校内校外の便利屋という部活動があり、『シャワー室修理にイタズラが入った』という旨の推薦状が届き、監視員役として俺こと試崖に白羽がたったのだ。
橙井は委員会の仕事が忙しく、さち姉は他の部活動が忙しく、瑞田は対人恐怖症なため工事業者との共演NG。
当初は『部活動・同好会の類に所属しない』というこだわりを胸に入学してきた訳だが、こうしてツバキノミネートに所属してしまっているのだから、俺も何かしらの部活動に所属してもいいのかもな。それを理由に、言い訳にツバキノミネートの活動をキャンセルできるのだから。
「何か恨みがあるのかね、このシャワー室に」
工事業者のおっさんが話しかけてきた。
「どうなんですかね。部室棟裏のフェンスの穴がこじ開けられていて、そこから侵入したんじゃないかってうらしまさんが言ってましたよ」
「うらしまさん?」
「あぁ……、ここの事務員の
「あぁ、御裏さんってあの人か。へぇ……、高校生ってのはすごいね。あんな強面の人をあだ名で呼ぶなんて……。あの人はまるで……」
工事業者のおっさんは顔が引きつっていた。
「そうですか? 確かにうらしまさんは見た目ヤクザのおっさんですけど、根は真面目だし、小指は無いけど、会ったら挨拶してくれるし、刺青は入ってるけど、綺麗好きで仕事は丁寧ですよ」
ん? 何かおかしいことを言ったか?
工事業者のおじさんたちは俺の言葉を聞く度に、顔が青くなっていった。
「おい! 早く仕事を終わらせてずらかるぞ!!」
「は、はいっす!!」
俺の世間話にも付き合ってくれなくなってしまった。俺は仕方なく、破られたという部室棟裏のフェンスを見に行くことにした。
と言っても、何か特別証拠が残っているわけでも無さそうだ。フェンスの針金に赤い繊維のようなものが付いていたが、犯人が赤い服を着ていた……というくらいのものである。服なんてすぐに着替えてしまえる。
それに、この街に赤い服を着ている人なんてごまんといるだろう。
やれやれ。犯人探しは橙井に任せて、俺はこの暇な監視役を終わらせよう。工事業者のおっさんたちのやる気を出させるために過剰な嘘を言ってしまったが、気にする事はない。
御裏さんにはちゃんと小指があるし、刺青の入っていない綺麗な背中を見たことがあった。
ここのシャワー室が使えない代わりに使わせてもらっている銭湯で偶然会ったことがあるからだ。
海沿いを走るローカル電車、椿ノ峰電鉄。通称ツバデン。
『椿ノ峰高校前駅』から画鋲ヶ浜行きの電車に乗り2駅目の『
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