【番外編・7月】体育祭
借り物狂想曲 [前編]
7月1日。体育祭当日。
空は青く晴れ渡り、太陽は気持ちよく、適度に暑苦しく俺たちを照らす。絶好の体育祭日和だった。
体育祭は種目にもよるが、大概は予定調和だ。
体格のいいものが勝つ種目。
足の速いものが勝つ種目。
チームワークがモノを言う種目。
どうあがいてもその流れに逆らうことはできない。
だからこそ、その予定調和を狂わせる種目というものがいくつか存在する。
その一つが、『借り物競走』という種目だ。
ランダムに『お題』が書かれた紙を拾い上げ、その『お題』に沿う物を持っていく。きちんと『お題』をクリアしていればゴールとなる。
簡単な『お題』を引く『運』と、『お題』に臨機応変に順応する『対応力』が試される。それは体格や足の速さというフィジカルに依らない戦略的なゲームである。
そして、運営側もわかっているのか、この借り物競争の配点は高いのだ。少しの点差などひっくり返る配点だ。
これだよ、こういうのを待ってたんだ。
いつもいつも「半分正解君」だの、「洞察力はあるけど決定力に欠ける」だの好き放題言いやがって。俺はきちんと勝てる男なのだと見せつけなくては、腹の虫が治まらない。
今に見てろ。必ずや1位の旗を手にしてやる!!
◆
「位置について。よーい」
号砲の合図で一斉にスタートした。前にバラバラに配られた紙を手にするまではほぼ互角。
俺は手にした紙を開き、『お題』を確認した。
うーん。なるほど。
まぁ、仕方ないか。早い方で行こう。
俺は1年11組の応援エリアにダッシュする。
「おい、
「は? どーして私なん……」
「おら、さっさと走れ」
つべこべ言う梔子の手を掴み、強引に走り始めた。まだ他の組は迷ってるな……。よーし、一番乗りだ!!
ゴールテープを切る。
「ははっ! 青組め、ざまぁみやがれ!!」
ぽかんとする梔子を横目に、俺は高らかに勝利を宣言した。
◆◆◆
「ねぇ、
「……どーも、
体育祭も無事終了し、1年11組の面々ももうほとんどが帰り支度を済ませて、家に帰っていた。
あたしは都合上、校内の情報屋を営んでいるため、体育祭のようなイベントの前後は繫忙期。仕事に仕入れにやることがわんさか溜まっていて、その情報の整理で忙しい。
一般生徒たちの準備とは違う準備をしていたら、クラスメイトの
彼女はいつも、同じクラスの
あたしなんかとはタイプが違うので、クラスメイトではあっても、話したことは数える程しかない。
「あなた、情報屋をやってるんでしょう?」
「なんだ、お客さんか。ならさっさと本題に入ろう、薫子さんの欲しい情報は何だ?」
「他言無用よ……、ゼッタイ」
「あたしは曲がりなりにも情報屋だ、そこンところは徹底してる。そこが安心できねぇンならそもそもご破算、聞かなかったことに」
「……いいわ。今日の体育祭の借り物競争で、気圧……、試崖が私を借りてったでしょう?」
「そうだったか? 悪いな、そこまで一人一人を詳しく見てる暇なくて」
「あっそ! でも私が知りたいのはそこなの。試崖の借り物競争の『お題』には、何て書いてあったか! それが知りたいの」
ははーん。なるほど。
借り物競争の『お題』ね。
よくあるやつだ。『お題』に『好きな人』だの『嫌いな人』だのと書いてあり、その『お題』に沿った人が巻き込まれる。連れていかれた方の人は、『お題』を見ないままゴールするため、後から走者に『お題』を聞くが、はぐらかされてしまう。
もし『お題』が『好きな人』だった場合、その人が片思いであれば『お題』をばらすことはないだろうし、もし『お題』が『嫌いな人』だった場合、その人に嫌いであることを隠していた場合はやはり、『お題』をばらすことはないだろう。
走者である試崖くんがその『お題』の中身を梔子さんに話さなかったということは、彼が梔子さんに話していない『本音』が『お題』に書かれていたということ。
つまり、梔子さんは、試崖くんが自分のことを”どのように思っているのか”を知りたい、ということだろう。
ははーん。青春だねぇ。
「分かった。知りたいのは“試崖くんの『お題』の内容”な。じゃあまずは“対価”を支払って貰おう」
「情報料って訳? 前払いなのね。いくら必要なの?」
「いンや、お金を稼ぎたい訳じゃない。いわゆる等価交換ってヤツでね。――“薫子さんがその情報を知りたい理由”を教えて欲しい」
「なっ……!!」
彼女は心無しか顔を赤く染めて、口ごもった。
「ま、それ話せないなら、この話は無しだ。じゃ、さいなーらー」
あたしは薫子さんに背を向けた。
あたしとしちゃあ、彼女がどうしてそんなことを知りたがってるかは百も承知なんだが、こればっかりは当人の口から聞き出さないといけないんだわ。
口では適当なことを言って、もっともらしいことを言って、口では言えないような悪いことを企む奴らは多い。彼女が何かを企んでるとは思わないが、念には念を入れないと。
いくら口が上手くても、表情まで噓をつける奴は少ない。
このご時世、個人情報の扱いは慎重に慎重を重ねる必要がある。
毒にも薬にもなる大いなる力なんだから。
あたしが扱う情報には、それだけの価値がある。
「そんなこと言って、本当は『お題』が何なのか分からないからいじわる言っているんでしょう?」
「おおっと、そうくる? てかいじわるって……」
小学生が言いそうな反論だな。何とかは盲目ってか。
自分の口からは言いたくないだろうな。ここで言えたら、素直に本人に問いただしているはずだし。
はあ。これで悪評を広められても困るしなあ。たかが借り物競争の“お題”に、理由が必須かと言われれば微妙だ。
「実は『お題』というのは、今の時期、かなりホットな情報なンだよ」
ま、今回は初回割引ということで、ひとつ貸しだ。
「え。……そうなの?」
「理由は分かるだろ? 確かにランダムに配られたバラバラの『お題』を特定するなんて不可能に思われるかもしれないが、これは借り物競争。『お題』がちゃアんとクリアしているか、ゴールでチェックしている人がいる。彼ないしは彼女がレースの組ごと、順位ごとで『お題』を保管してくれている。あとは、何レース目の何位の人の『お題』が知りたいのかを教えてくれれば、照会することができるって寸法さ」
「なんだか怖くなってきたわ」
薫子さんは両腕で自分を抱きしめるような仕草をした。
「情報の取り扱いには恨みつらみが付きまとうから、素人にはお勧めしないよ。さて、今回だけの特別だ。試崖君は何レース目の、何位だった?」
「9レース目の1位よ」
おーう。よく覚えているものだ。
借り物競争の9レース目なんてもう見るのにも飽きちゃって、スマホゲームをしていたよ。あたしは。
「なるほどね。ンじゃ、少しばかり待ってなー」
スマホを取り出し、情報元に照会する。
ふむふむ。なるほどね。
あたしは席を立ち、廊下に出た。数人の生徒が通り過ぎ、いつの間にかあたしの手の中には1枚の紙が握られている。
教室に戻るとお行儀よく、そのままの姿で薫子さんは立ち尽くしていた。
「せっかくの機会だ、信用を得るためにも現物を見せてあげようか」
あたしはひらひらと紙をちらつかせた。
「薫子さんが喉から手が出るほど欲しがっている、『お題』だよ」
「……お願い、します」
あたしはなんだか、いじわるをしている気持ちになってきた。ああ、嫌だ嫌だ。
彼女と私がクラスメイトとは思えない。こんな冷めた目で情報を束ねるあたしが、同じ高校生やってるなんてちゃんちゃらおかしいじゃないか。
そのぐらい目の前の彼女は誰よりも女子高生で、誰よりも女の子だった。彼女の顔は、口ほどに物を言っていた。
「はい、どうぞ。お望みのプレゼントだ」
薫子さんは紙を手にすると、あたしの目を見た。見るのに少しの勇気が必要か。
そう。大丈夫。その紙は逃げやしない。
ゆっくりと『真実』を味わうといいさ。
薫子さんは何回か深呼吸をすると、意を決したようにその『お題』の紙を開いた。
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