第4話 空よりも高く


 7月1日。体育祭当日。


 体育祭の各組を応援するためのポスターが校舎の玄関横に並べられていた。その中の1枚に描かれた青い世界に俺は思わず足を止めた。


 振り上げた腕をぐるぐるとするのを止め、目は完全に1枚の絵に留まることになった。

 その深く、綺麗で、色彩豊かな青色に目を奪われてしまった。


 そのポスターには一匹の鯨が描かれていた。

 深海を泳いでいる鯨は、とても優雅に、楽しそうに泳いでいた。


 その絵は深海から空を見上げるように描かれていて、海の中を泳ぐその鯨は、まるで青空を泳いでいるかのような、雄大さと幻想的な様を表していた。


 海が深ければ深いほど、鯨はより高い空を泳ぐ。

 煌めくような太陽の光が海の中に差し込んで、海の青は不思議なくらいに色を変えていた。こんなにも海の青色は姿かたちを変えるのか。


 青色、水色、紺色、緑色、黒色、黄色、橙。白。海には様々な生き物がいて、色がある。それはサンゴだったり、イソギンチャクだったり、クマノミだったり。それらの色を模した光という存在だけで、その海には様々な命が、生態系が感じられた。見ていて自然と笑みがこぼれてしまいそうな、元気になる絵だった。


 実際に描かれているのは鯨一匹だけだったが、この海と空、希望に満ちた青い世界には、たくさんの命が息づいている。

 太陽の光が深海に差し込む。その光を浴びて鯨は広い海をヒレを広げて優雅に泳ぐ。


 ポスターの四角い紙のような狭い世界ではない。たった一部を切り取られた狭い世界ではない。鯨は空を、海を、青い広い世界を旅しているようだった。


 この広い世界に、一人じゃない。

 そう背中を押されたような、心の芯から力が湧いてくるような絵だった。



『「今年は青が一等賞だろうね」』



「橙井が言っていたのはこのことか……」


 俺は握りこぶしを強くした。

 良いだろう。絵はたしかに、青組が1等賞だ。


 他の組のポスターとは格が違う。

 この絵を俺と同じ1年生が描いたとなると末恐ろしい。


 が、しかし。それとこれとは話が別だ。


 満天の青空の下。

 まるで鯨でも泳いでいそうな、晴れやかな大きな海の下で。

 

 7月1日。

 体育祭は無事開かれた。


 俺は自らの組の色のハチマキを握りしめ、強く誓った。

 必ずや1位の旗を、優勝旗をこの手に!!


 打倒青組!!

 打倒、橙井!!


 青くめらめらと燃える炎を心に宿して、じりじりと焼ける熱い光の中へ走り出した。






 完

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