第4話 誰知らぬ花嫁
さち姉から渡されたタイムスケジュールでは驚いた。
何でも、ウェディングドレスに着替え、髪型を整え、メイクを施す完全装備を行なうのだという。
そこまでしなくても良いのでは……? とさち姉に進言できる者は、ここには誰もいなかった。
ウェディングドレス班に服飾部の
一応、俺も簡単なメイクを施された。
見た目は完全に神父である。
渡されたセリフは以下の通り。
『汝は健やかなる時も、病める時も、愛を誓いますか?(外国人風に)』
「なんじゃこりゃ!!」
一人ツッコミも、慌ただしく回るスタッフたちの喧騒に吸い込まれた。
一年 四組 北坂 楓。イニシャルK・K。
一年 八組 椚 久遠。イニシャルK・K。
一年 十組 古賀 梢。イニシャルK・K。
三人がパーテーションの中で、花嫁衣裳に着替えているということで、俺はと言うと、視聴覚室の一室に押しやられた。
「やぁ、なんか、すごい張り切っているね」
上下白いスーツを着こなした鶴見先生だ。花婿衣装が実に似合っている。
「妻との結婚式を思い出すよ。彼女にも見せてやりたいくらいだ」
「結婚指輪は見つかったんですか?」
「いいや」先生は首を振った。ただそれだけなのに、イケメンなのが腹が立つ。
「橙井くんは不思議なことを言っていたよ。指輪の持ち主が犯人だってね。それって、私のことかい?」
「さぁ、分かりませんね」
橙井の考えることが分かるやつは校内にも少ない。ただし、考え無しに行動するやつじゃないってことくらいは分かる。何かしらの意味があり、何かしらの策があるはず。
「噂に聞いていたツバキノミネート、橙井くんのお手並み拝見ってところだ。じゃ、僕は出番まで失礼するよ」
鶴見先生は視聴覚室準備室から出ていった。花嫁役三人以外は、時間まですることが無いな。それにしても、この計画の立案者、橙井はどこに行ったんだ?
◆
結婚式のような晴れやかなBGMが流れた。
「新郎新婦入場!!」
俺は半分やけくそになりながら叫んだ。
神父兼司会兼ベールボーイの俺は、神父の格好で花嫁衣裳のベールを持って歩く。
ブライダル研究会は無いのか! 椿ノ峰高校には!!
圧倒的なスタッフ不足である。
一人目の花嫁は一年四組、北坂 楓。
小柄ながら、ウェストが高く足が長く見えるドレスに身を包み、さち姉からの事前情報の「ぽっちゃり」があまり感じられない。メイクとドレスの魔法にかかっているようだ。
「北坂さんは小柄なのでエンパイアラインを用意してみたの。キュートとエレガント、どちらを選ぶか悩んだんだけど、ここは素材の良さを生かしてキュートさに振ったの。ウェストは高めにしてすっと下ろすことで隠せるからうってつけね。花冠で色を足して、ふんわりとしたレースのラインにも花をさりげなく入れて……」
「さち姉、ありがとう! 俺、神父役あるから!」
さち姉の解説にも熱が入る。さち姉の話し相手はポートレートクラブの奴らに任せよう。
壇上に上がり、見つめあう二人。
「綺麗だね、北坂さん」
「鶴見先生も、やっぱカッコいいね」
「汝は健やかなる時も、病める時も、愛を誓いますか?(外国人風に)」
鶴見先生が指輪をすっと取り出した。
その指輪は、俺が拾った、あの本物そっくりの指輪だった。北坂さんの指に通す。
すると、指輪は指の途中で止まってしまった。サイズが合わなかったようだ。
「んもぅ、せっかく指輪いっぱい落ちてるんだから、ちょっと大きめの探しといてよね。それか、先生の貸してよ。それなら入るでしょ?」
「それが……」
「うそ! まだ見つかってないの? こんなことしてる場合じゃないじゃん!」
「ははは」
ぱしゃぱしゃぱしゃぱしゃ。
フラッシュが瞬く間、俺がどこにいるかと思えば、二人の横でレフ板を持っていた。こういう時、高身長が役に立つ。
神父兼司会兼ベールボーイ兼レフ板係であった。いや、レフ板係は他にいただろ。
◆
二人目の花嫁は一年六組、椚 久遠。
長身に似合ったすらっとしたシルエットのドレスだった。
「椚さんはほっそりとして長身だから、スレンダーラインで合わせてみたの。見た目も大人っぽいし、ゴージャスさも際立つ白のレースのみの飾りで、肌の白さがより綺麗に映えるわ。髪も上げて、うなじからすらっと足先まで整ったラインが美しいわよね。腰に巻いたリボンの端を裾まで伸ばすことで身体のラインが見えるってのもポイントで……」
ポートレートクラブの面々も頷きながらぱしゃりぱしゃりと写真を撮っていた。
壇上に上がり、見つめあう二人。
「椚さん、すごいね、大人の女性みたいだ」
「これでもにやけないように我慢してるんだから、やめてよね」
「汝は健やかなる時も、病める時も、愛を誓いますか?(外国人風に)」
鶴見先生が指輪をすっと取り出して、椚さんの指に通す。
すると、指輪は椚さんの細い指にはまらなかった。サイズが合わなかったようだ。
「ん。ま、あり合わせの指輪なら、仕方ないよね。結婚式の予行練習になったわ。ありがとね、先生」
「はは、将来が楽しみだね」
ぱしゃぱしゃぱしゃぱしゃ。
二人の横でレフ板を持っていた時に、俺の向かって反対側の、二人の脇に橙井が立っていた。こんなところにいたのか。
こうしている間にも、奴の作戦は順調に進行しているというのだろうか。
◆
三人目の花嫁は一年十組、古賀 梢。
前の二人とはまた違う、腰のあたりでふわりと広がった、お姫様のような形のドレスだった。
「古賀さんは平均的な体型だから、正直どんな形にしようか悩んだんだけれど、ザ・王道のベルラインでいってみたわ。ボリュームのあるスカートで華やかさと可憐さをアピールできる。ヘアーは編み込んで、裾まで広がるロングベールを合わせてみたの。まるで妖精の羽根のように歩くたびに広がって、彼女の存在感を際立たせることができるわ。立っている時も、ドレスの色とのコントラストを……」
レフ板で扇いで風を作るように指示された。いや、この使い方は間違っているだろう。もっと柔らかい風を! って言われても、こんなばかでかい板じゃ無理だよ!
壇上に上がった二人。しかし、見つめあってはいない。
「古賀さん、緊張しているね?」
「だって、先生の顔、見られないよ……」
「大丈夫。ほら、練習だから」
「汝は健やかなる時も、病める時も、愛を誓いますか?(外国人風に)」
鶴見先生が指輪をすっと取り出して、古賀さんの指に通す。
すると、指輪は古賀さんの指にぴったりとはまった。
「あ……」
橙井が言っていた言葉が思い出される。
『指輪の持ち主が、犯人だよ』
「先生……。ごめんね、ありがとう」
言葉とは裏腹に古賀さんの瞳は潤み、破顔していた。彼女の瞳はまっすぐに鶴見先生に向けられて、その顔はまさしく、恋をした乙女のように、幸せに満ち溢れていた。
花嫁の向こう側で橙井は、神妙な顔つきでこちらを見つめていた。
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