第3話 素知らぬ計画
二年十三組の教室に入った。
元は物置だったが、存在が忘れられていたので、勝手に改装したのだと言う。
どこから拾ってきたんだか、校長が使っていそうな古めかしいデスクで、社長が座っていそうなふかふかの椅子に腰を下ろしていた。
腕を組み、微動だにしない。フチなしメガネが銀色に光る。黒一色の髪は、何物にも染まらないという意志を感じた。
椿ノ峰高校の天才児。
成績優秀、才色兼備。文武両道。
もちろん言葉通りのただの天才だったらいいのだが、アイツは本当にすべてを必要以上に解決してしまうから手に負えない。
人災ではなく、天災。手出しができない、コントロールができない、過ぎ去るのを待つしかない嵐のような、究極のお節介。それが橙井という男なのだ。
以前は問題解決に己から首を突っ込んでいたみたいだが、いろいろあって今は『推薦状』が届いてから問題を選別し、手に負える程度の解決に抑えているのだと、さち姉は言っていた。アイツが本気を出すと、問題がさらに凶悪な問題となって戻ってくる。
俺はそれを4月に体験したから知っていた。
誰かが見張っていないといけない。それが俺だという自覚が何故かあった。
俺が仏頂面で封書を持ってやってくると、アイツはとても嬉しそうに笑った。
「やあ、
既に耳に入っているようだな。
廊下に指輪が数個落ちていたくらいで事件とは大袈裟な。
「そりゃそうだよ。君が掲示板を見回っている間に数個見つけたとするなら、見回る箇所の多い沙知君はざっと君の3倍の指輪を見つけているはずだろう? だからその時に、沙知くんから困っている先生に、君の名を根回ししてもらっておいたのさ」
鶴見先生が俺の名前と
俺は既に中身の知られた封書を、デスクに放り投げた。
封書を開封し、うんうんと頷きながらあいつは受領印をポンっと押した。
「まぁ、そういうことだよ。それで、君。拾った場所と拾った指輪の特徴は覚えているかな?」
「……」
「どうしてとぼけた顔をしているのかな? 落とし物は普通、『どこで拾ったのか』、『どこで落としたのか』が重要な情報だろう。いくら似たような指輪がたくさん落ちていたって、一つとして同じ指輪はないんだから。どこにどの指輪が落ちていたのかは、落とし主を特定するうえで最重要事項だぜ」
「でも、今回の依頼者……いや、推薦者が落とした指輪はひとつだろ」
「どうしてひとつって言いきれる?」
結婚指輪がいくつもあってたまるか。
「掲示板を見回っている時に見かけたんだから、四号棟の階段近くだよ」
と、いうことは階段の近く以外も指輪が落ちていたのだろうか。
「あ」
「どうした? 気圧くん。人を殺したばかりの犯人のような顔をしているぞ」
うっせえわ。
ポケットに手を入れると、指輪がひとつ入っていた。
「さっき拾った指輪をひとつ持ってきちまったんだよ。形はそっくりだけれど、イニシャルが一文字だけ違うって先生が言ってたやつ」
「へぇ。ちょっと見せてくれないか」
投げてよこそうとすると、「ちょっと気圧くん。指輪は投げちゃダメよ」とさち姉が両手で受け取る仕草をしたので、その白くやわらかい手の中に指輪を置いた。
「さっきお前も言っていたが、落とし物は落とした場所の特定も重要だろう? 先生は先月末の中間テストの補習の時に落としたって言ってたぜ」
橙井はさち姉から指輪を受け取り、刻まれたイニシャルを見ると、
「なるほどねぇ。沙知君。鶴見先生の補習に参加した人のリストを持ってきてくれないか?」
「はい。ちょっと待っていてくださいね」
さち姉は携帯を取り出し、どこかに電話をした。さち姉の仕事は素早い。
「今、リストのデータを送ってもらいました。ご確認ください、壱くん」
「ご苦労」
橙井はノーパソを開き、カタカタと何かを打ち込んでいる。
「沙知君の事前調査によると、鶴見先生をちょっと困らせてやろうといういたずらに間違いないらしいが、誰が言い出したかは分からないようだ。でもね、この事件には隠された動機があると考えているよ」
似たような指輪を校内にばらまく動機?
「木を隠すなら森の中……。結婚指輪を見つからないように隠しているってことか?」
「半分正解と言ったところか。周りの友達の手を借りて、ただのいたずらに見せかけることで、本当の動機を隠したんだよ」
本当の動機?
「犯人は、指輪を見つけて欲しいのさ。僕たちのような部外者ではない。他ならぬ鶴見先生本人にね」
あの先生は落とし物センターで必死に探していたぞ。
「あの探し方じゃ永遠に見つからないよ。そこは、推薦された僕の腕の見せどころだ。沙知君、ちょっといいかな?」
「はい〜、どうしました?」
さち姉の耳元で何かを囁く壱川。うんうんと頷くさち姉の目がきらきらと輝いてく。
「え! なんて素敵な! 早速準備してきますね!!」
ばびゅーん! という擬音がぴったりな素早い動きで、さち姉は教室から飛び出していった。
廊下は走るな……と言っても、もう遅いか。
「一体何を企んでるんだ?」
「餅は餅屋ってやつさ。気圧君でもジューンブライドって言葉は知っているだろう?」
なんとなく。
6月に結婚したら幸せになるっつー迷信だろう?
「迷信でも都市伝説でも、信じられたものに力は宿るんだよ。願い、託された想いは、強い力になる。『推薦状』は、誰かに託された信頼のカタチ。素敵だと思わないかな?」
それは質問か? 自問自答か?
「僕にとっては自明の理だよ。幸せを願い、名を刻まれた結婚指輪には強い力がある。それを利用させてもらおう」
何を知ってか知らずか、橙井はUSBを手渡して、言う。
「そこに入っているデータを、一号棟1階の印刷室で印刷してきてくれ。『招待状』3部と君の分の予備で、4部あればいいだろう。『指令書』と『補習参加者リスト』もあるからそれも印刷しておいで」
渡されたUSBは、端子部分が引っ込んでいた。先端を中に押し込むと、接続部分が露出する仕組みだろう。
試しに押してみると、ビリッと強い電撃が流れ、俺は堪らずUSBを地面に落とした。
「いっつっ!!!!」
それを見て橙井は、くっくっくっ、と声を押し殺して笑う。
「大丈夫だよ気圧君。そんなイタズラ程度の電撃じゃ、人が死ぬほどではないさ。はい、こっちが本物のUSBだ」
「ぐはっ」
精神に100のダメージ。
このやろう。タチの悪い冗談だ。
俺はひったくるようにUSBを受け取ると、印刷室に向かった。
指令書か。簡単ならいいな。
◆
指令書
・以下のイベントの招待状を、『補習参加者リスト』の傍線が引いてある三名の生徒のロッカーに配布すること。
『
ジューンブライド! 6月の花嫁衣装撮影会!
特別ゲストに鶴見先生をお迎えして、指輪の授与式を模した撮影会を行います。
衣装、ヘアメイク等はこちらで用意しますので、ふるってご参加ください。
日時・場所 参加希望者に追って連絡します。
参加意思のある方は一年十一組の試崖まで。』
よろしくたのむ。
橙井
◆
イベント当日。招待状を送ってから約1週間後に行なわれた。
視聴覚室の一室を貸し切っての、花嫁衣裳の撮影会。
いくらなんでも不自然ではないだろうか? しかし、参加者は三人とも俺に参加申し込みを提出してきた。
参加する生徒は以下の三名。
一年 四組、
一年 八組、
一年 十組、
「一年 十一組
さち姉がしれっと俺を花嫁候補に入れる。
「いやいや、さち姉。さらっと俺を入れるな」
「だって、あなたもイニシャルK.Kよ?」
呼び出された生徒三名は皆、イニシャルがK.Kであった。そのことに理由があるのなら、俺が拾ったあの指輪。あの指輪に刻まれたイニシャル。
「それで言ったら、俺は鶴見先生の授業を受けてないから」
「そう。ざーんねん! ココちゃんのウェディングドレス姿見たかったなぁ!」さち姉は、白いドレスのような布を両手で抱えながら、くるくるとその場で踊った。
断然俺はさち姉のウェディングドレス姿が見たかった。さち姉は身長は俺より少し低いが、女子生徒の中では高い方だし、スタイルが良いからモデルをしていてもおかしくない。だが、裏方を好んでいるため、あまり表舞台に出ることは無い。
「さち姉、その手に持ってるのって、ドレスか? まさか一から作ったのか?」
「うーん、半分正解。昨年のミスコンで使ったウェディングドレスを、対象者の背格好に合わせて調整する程度かな。多少の飾りを追加したけどね。えぇと。北坂さんは背が148センチの少しぽっちゃり。椚さんは背が175センチの細身。古賀さんは背が162センチの平均的な体型ね。せっかくの晴れ舞台だから、服飾部のみーちゃんと、DDDのマチルダ、椿ノ峰ヘアーサロンのサトルくんにも声をかけて、徹底的に! 華やかに仕上げるわ!! じゃ、後は宜しくね!」
ばびゅーん!! とさち姉はどこかに消えていった。家庭科室のミシン部屋にでも行ったのだろう。アグレッシブさち姉。
行動力の化身だ。
そう言えば、鶴見先生は、指輪を秘密裏に探してくれって言っていた気がするが、こんな大々的にイベントを企画してしまっていいのだろうか。
それとも、大々的な計画を隠れ蓑に、指輪増殖事件の犯人を突き止める、何らかの計画を素知らぬ振りで練っているのだろうか。
その点、事件が必ず解決するだろうことは、全く心配していない。それに付き合わされ、振り回され、帰宅する時間が遅くなり、残りの体力が削られることを懸念するだけであった。
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