第28話「私は彼女と共に歩き出した」

 数日後。

 黄晶騎士団での手厚い治療を受け、眼以外の全ての傷が完治した私は、ようやくベッドから出ることを許された。べつに歩けると主張していたのだが、他ならぬ彼女がそれを許してくれなかったのだ。


「さって、行きますか――」


 眼の傷はどうしても目立つので、一応黒い布で覆っている。それはそれで視線を集めるが、むごたらしい傷跡を見せるよりはマシだろう。

 私自身としては、自分を俯瞰しているような視点なので、ぶっちゃけどうでもいい。

 治療中、暇な時間を持て余して〈天眼〉について色々と調べてみた。結果としては、視点を置く位置は自分の周囲である程度の範囲内であれば自由に動かすことができるらしい。とはいえ、自分の顔を真正面から見るというのは、かなり気が狂いそうになる違和感を覚えたので、今は背後から少し角度をつけて見下ろすような視点にしている。これが一番自分の体を動かしやすく、死角が少ない。


「っとと、忘れてた」


 病室のドアを開けようとして、忘れ物を思い出す。

 ベッドサイドのテーブルに置かれていた、身分を示す二つのプレートを首から提げる。一つはギルドから頂いた金色の金属板。もう一つは、白い結晶を抱く炎翼の獅子。


「今日からお仕事再開だ――」

「やあ、元気そうだね」

「おどぅわっ!?」


 ドアを開けた瞬間、向こう側に男の人が立っていて思わず仰け反る。

 穏やかな微笑を湛える男性――リッテンカルト様は意外そうに首を傾げた。


「あれ、透視とかもできるんじゃなかった?」

「普通に疲れることは疲れるので、普段は切ってるんですよ。あんまり驚かせないで下さい」

「そうだったの。ごめんね」


 そう言って、陛下は気軽な足取りで部屋に入ってくる。

 王族――それもこの国の最高権力者がやってこられたなら、こちらもそれを無視して出ていくわけにもいくまい。仕方なくベッドに戻り、勧められるまま腰掛ける。


「傷はほとんど治ったみたいだな」

「おかげさまで。早く体を動かして、色々馴染ませたいところです」


 陛下の後ろから、頭を屈めて入り口をくぐってきたバッグルさんが、私の体を見て言う。

 立つことどころか、生きていることすら不思議なレベルで満身創痍の私は、情けないことにイレーネに担がれて、ここまで運び込まれた。主人に体を任せるとか、自分より小さい女の子に背負われるとか、いろいろな意味で恥ずかしくて、そっちの方向で死にそうだった。

 幸い、黄晶騎士団は優秀で、私はすぐに適切な処置を施され、こうして今ではほぼ完治というところまで回復を果たした。

 とはいえ、森から帰ってきてからずっと寝たきりだったから、体は鈍っているなんてレベルじゃない。この視点での体の動かし方にも慣れる必要があるし。しばらくは鍛錬漬けの日々を送らねばならないだろう。


「ほんとにちゃんと見えてるんだね。違和感がすごいけど」


 黄晶騎士のお姉さんが慌てて用意してくれた、診療所で一番立派な椅子に座り、リッテンカルト様はしみじみと言う。彼は私に向かって指を三本立ててるが、そういう話ではない気がする。


「今の視点は天井の、あのあたりですかね」


 自分の眼を指さすように、虚空を指さす。少々分かりにくいが、そのあたりから見ているような感覚だ。


「うん。なんとなくそのあたりから視線を感じるよ」

「そうですか……」


 予想に反してきっぱりと頷く陛下。

 ここは彼のギフト〈城主〉の範囲内だからだろうか。どうやら、私の視線すらもどこから来ているのか分かってしまうらしい。


「そうだ。このたびは、温情を頂きありがとうございます」


 陛下の顔を見て、まだお礼を言っていないことを思い出す。

 深々と頭を下げると、彼はきょとんとした顔で私を見た。


「何か感謝されるようなことしたっけ?」

「その、私の眼は正直言って強すぎると言いますか。王家転覆なんてことも――」


 自分で言うのは気恥ずかしいが、それだけの力はあるはずだ。それほどまでに、この〈天眼〉というギフトは強力な――


「あっはっは。そんなこと企んでたの?」


 陛下の突き抜けるような笑声が思考を掻き消す。


「そ、そんなことは微塵も! で、でも――」

「僕がそんなことさせるわけ無いじゃん」

「そうですか……」


 圧倒的な自信。

 これはうぬぼれではないのだろう。彼女と同じ、紛う事なき力からくる確信だ。彼もまた、この城の中では最強なのだ。


「でもまあ、丁度良かったよ」

「丁度良かった?」


 陛下の言葉の意味を測りかね、首を傾げる。


「上の姉二人はともかく、イレーネは僕の守れる範囲外に出たがることも多かったからね。君みたいな“お目付役”が居てくれると、こっちとしても安心だ」

「お目付役ですか……」

「適任だろう?」


 少年のような目を向ける王様に、私は敵わないなと手を挙げた。


「君がここで休んでる間も、毎日怒鳴られててねぇ」


 少し疲れた父親の顔になって、彼が言う。そこには、育ち盛りの元気な娘を想う、慈しみの色が見えた。

 丁度その時、診療所のドアが激しく叩かれる。


「噂をすればなんとやら、だ。イレーネ、迎えに行ってくれるかい?」

「私でいいんですか?」

「彼女が会いたいのは僕じゃなくて君だ。それに、僕が行けば文句ばかり言われるからね」


 それじゃ、と手を挙げて王様は窓際へ向かう。そうして、流れるような動きで窓を開き、そのまま外へ飛び出した。

 いや、え、ここ二階ですよ?


「陛下!?」


 目を丸くしてバッグルさんが追いかける。


「ともかく、頼んだぞ」

「え、あ、はい……」


 バッグルさんが殿下を追って窓から飛び出す。少しして、岩でも落ちたかのような音がして、診療所がざわついた。

 それと並行して部屋のドアを叩く音も大きくなる。蹴破られる前に対応しようと私が足を向けたその時。


「ああもう、居るんならさっさと開けなさいよ!」

「……遅かったかぁ」


 目の前で分厚い木製のドアが粉々に割れた。

 黄晶騎士の悲鳴を背後に、パラパラと落ちる木片の向こう側に立つ少女を見る。


「鍵も掛かってないんですから、素直に開けて下さいよ」

「どうして王族のあたしがドアを開けなきゃ行けないのよ」

「そんなところで王族っぽい感じ出さないで下さいよ……」


 これ、弁償代は経費で落ちるんだろうか。

 そんな心配をしつつ、イレーネの出で立ちを見て、ふと気付く。


「あの、イレーネ様。なんでドレスメイルをお召しになっておられるのですか?」

「イレーネと呼びなさい。――当然、ギルドに行くからに決まってるでしょ」


 彼女は真新しいドレスメイルに身を包み、背中には赤い大盾を背負っている。平らな胸を張る彼女の首には、銀に輝く金属板が掛けられていた。


「ええっ!? まだ傭兵するんですか!」


 そんな話は聞いていない。初耳だ、と抗議するも、彼女は赤髪を揺らしてどこ吹く風だ。


「あんたは金級、あたしもせっかく銀級に上がったんだから、やらなきゃもったいないでしょ」

「もったいない精神は王族らしく捨て去って下さいよ! ていうかリッテンカルト様がお許しに――」


 お目付役。

 僕の守れる範囲外。


「そ、そういうことかァ!」


 ぱたぱたと風にはためく白いカーテンを名残惜しく睨む。


「何を一人で騒いでるのよ……」

「で、でもイレーネ様。もう約束の一月は余裕で過ぎ去ったのでは?」

「実質三日しか傭兵してなかったでしょ。あんなのノーカンよ、ノーカン」

「横暴だ!」


 あの三日間と悪魔を倒すまでの期間は、それまでの傭兵人生全てと比べても濃密すぎるくらいに濃密だった。だというのに、この少女はその程度では満足してくれないらしい。


「ほら、快気祝いにこれあげるから」


 イレーネが背後に隠し持っていた何かを差し出してくる。

 押しつけられるまま、それを受け取り、許可を得て包装を剥がす。果たして、中にあったのは、立派な竜革の鞘に収まった、二本一組の双剣だった。

 片方は肉厚な刃を持つ切断用。もう片方は、細長く鋭利な形の刺突用だ。


「これって……」

「あの時の戦いで、ボロボロになってたでしょ。修理しても別物になるって言われて、それなら新しく作った方がいいと思ったのよ」


 防具もあるわよ、と彼女は廊下の影に隠していたらしい包みを持ってくる。

 それは、白晶騎士団のものとは違い、急所だけを守る軽鎧だ。当然、その質は私が使い古していたものとは比べものにならない。


「どっちもレセイクの傑作よ。それに恥じないくらいの結果を出さないと、彼にも失礼だから、気をつけなさい」

「ぐ、外堀を埋められていく……!」


 お城の中で言うのは不謹慎だろうか。などと、現実逃避的な事を考え始める。


「三分待ってあげる。さっさと着替えて、付いてきなさい」

「……分かりましたよ。仰せの通りに」


 どれだけ強い力を得ても、彼女には敵いそうにない。

 それを思い知った私は、粛々と着替え始める。いつの間にサイズを測ったのか、寸法はどれもぴったりで、肌に吸い付くような感覚に襲われる。レセイクさんは採寸の魔眼でも持っているのだろうか。

 ちなみに私は持っている。


「はぁ。似合ってるなぁ」


 鏡に映るのは、一人の騎士だ。

 見窄らしい布だった目隠しも、装飾の施された、格好いいものになっている。これなら激しく動いても外れてしまうことはないだろう。

 銀色の胸当てが、誇らしげに輝いている。

 腰のベルトに双剣を差し、全ての準備が整えられた。


「お待たせしました」

「待たせすぎよ」

「三分も経ってないでしょうに……」


 壁にもたれて待っていた主人に声を掛ける。

 彼女は私の姿をじっくりと見て、最後に深く頷いた。


「いいわ。あたしの隣に立つのを許してあげる」

「ありがとうございます。――イレーネ」


 そうして、私は再び彼女と共に歩き出した。



「ウチの姫様が強すぎる!」完結です。

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ウチの姫様が強すぎる! ベニサンゴ @Redcoral

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