第07話「私は彼女を着付けた」
“ミュール武具工房”に殴り込んで、王族マネーで大口の契約を果たした翌日。王族の権力というものは絶大らしく、昼前にはレセイクさんが武器と防具一式を持ってきてくれた。
「お待たせしました。こちら、ご注文の品です」
「ふふん。随分と急いでくれたのね」
レセイクさんの指示で、工房の人たちがえっちらおっちらと大きな木箱を運び込む。昨日の今日でもう武器と防具が揃うのは、流石と言うしかない。私なんて、この防具を注文して受け取ったのは一月後だったのに。
自室でブンブンと剣を振っていたイレーネ様は、期待を込めた目でそれを見る。
「では――」
レセイクさんが木箱を開く。
その武器は、上質な布に包まれていた。レセイクさんが一枚ずつ丁寧に剥がしていくにつれて、シルエットが明らかになっていく。最後の一枚を取り払った時、現れたのは、赤みがかった鋼鉄製の――大盾だった。
「これが戦斧になるのね」
木箱に収まっている大盾を、イレーネ様は軽々と持ち上げる。彼女の幼い体つきを見ると、かなり異様な光景だが、これこそが〈無窮の武練〉の効果の一端だ。
大盾は、引き延ばした五角形のシルエットだ。背面にベルトがあり、腕に着けたり、背負うことができるようになっている。
「格納状態では、外見通り盾として使用できます。イレーネ様が少しでも傷付くことが無いように」
「ふん。盾なんてなくても、あたしは傷付かないわよ」
レセイクさんの思いやりを、イレーネ様は軽く一蹴する。しかし、その横顔はどことなく嬉しそうだ。笑っている分には年相応に可愛らしいのだが、その赤い瞳に映っているのは大の大人も持て余しそうな大盾だ。
「背面の中央にある棒が柄になります。そこを握って、魔力を流してみて下さい」
「魔力? ドワーフの機構は魔法に頼らないんじゃなかったの?」
「ドワーフの機構は確かに革新的ですが、展開に魔法を使わないぶん、時間が掛かります。そこをエルフの魔法技術を融合させることで解消しました」
何も技術をそのまま使う必要は無いでしょう、とレセイクさんは言う。ドワーフの技術とエルフの魔法の融合とは、さらりと言っているがレセイクさんにしか出来ないことだろう。
イレーネ様も感心した様子で、盾の裏に取り付けられた柄を握り、魔力を流す。
瞬間的に盾が割れ、カタカタと音を立てて形を変える。複雑なパーツが互いに動きを伝え、それは一瞬で赤い戦斧へと変形を終えた。
「おおっ! ほんとに戦斧になった」
思わず声を漏らす。
まさかここまで鮮やかに形状を変えるとは思わなかった。
イレーネ様は自分の身長よりも長い戦斧を軽々と掲げ、室内でブンブンと振り回す。
「シェラ」
「はい? はいっ!?」
唐突に名前を呼ばれ、振り向くと戦斧が迫っていた。
反射的に双剣を抜き、その軌道を逸らす。小さな刃に乗る重量は、戦斧の大きさに違わない。軽量化の魔法でも掛かっていたら余裕で撥ね除けられるけど、そんな軟弱なことは一切ない。
「な、なにをするかっ!」
「ちっ。やっぱり切れないか……」
「確実に首狙ってましたよね!? 死んだらどうするんですか!」
「死んでないんだからいいじゃない。寸止めよ、寸止め」
どう考えても寸止めじゃなかった。
何を考えてるんだ、この暴力姫は。
「うん。ちゃんと手に馴染むわね。良い斧だわ」
「ありがとうございます」
私の訴えを軽く無視して、イレーネ様はレセイク様を褒める。そうして、次の箱へと向き直った。
「次は防具よ」
「はい。こちらもご要望通りに作らせて頂きました。胸当てはオリハルコン製、竜革のベルト、
「とりあえず、早く見せなさい」
レセイクさんの説明を聞く気は微塵もないらしい。
急かす姫様に表情を欠片も崩さず、レセイクさんは木箱から防具を取り出す。
騎士らしい全身鎧ではない。胸当てと手足の装甲、腰周りを隠すスカートなど、なんとなくドレスを連想させるシルエットだ。
「ドレスメイルって、結構目立ちますよ?」
昨日、発注時にも言ったことを繰り返す。
動きやすさなどはレセイクさんもプロなのでちゃんと考えられているが、如何せん華々しい。お姫様としては相応しい装いなのかもしれないけれど、むさ苦しい傭兵ギルドでは否応なく目立つだろう。
「いいわよ。むしら目立たなくてどうするの」
「私が隣に立ちづらいんですよ」
傭兵としての活動自体に支障はないから思い切り反対することも出来なかったけど、やはり気が進まない。
普通の傭兵はもっと質素なズボンとシャツだったりするんだぞ。
「シェラ、着替えるわ」
「あっはい。えっと、レセイクさんには出て貰いますか」
「それもそうだけど――」
イレーネ様はそう言ってドレスメイルを私に押しつけてくる。彼女の防具を抱えて呆けていると、苛立ったお姫様に脛を蹴られた。
「痛っ!?」
「なにをぼーっとしてるのよ。ほら、手伝いなさい」
「ええっ、私が手伝うんですか?」
「当然でしょ。トゥーリはついてこないんだから、あんたが着せてくれないと、誰が着せてくれるのよ」
「自分で着て下さいよ……」
騎士の鎧じゃないのだ。あれも頑張れば自分で着れるんだから、ドレスメイルくらい――。
「はい、手伝わせて頂きますよ」
じっとりと睨まれて、諦める。ここで押し問答していても仕方が無い。
レセイクさんたちには一度部屋から出て貰って、イレーネ様の体に防具を着せていく。他の人に着せたことなどないから、当然めちゃくちゃ手際は悪い。
「全く、トゥーリならもっと早くできるわよ」
「無理言わないで下さいよ」
出来るメイドさんではないのだ、私は。
それでもなんとか、たっぷりと時間を掛けて装備を着せてあげることが出来た。これ、もう自分で着た方が楽なんじゃないかと思うけど、イレーネ様は少し微調整をしただけだった。
「入って良いわよ」
イレーネ様の言葉で、レセイクさんたちが戻ってくる。
彼らに向けて、お姫様は自身の装いを見せつけた。
「お似合いですね」
「ふふん。いつも通り、良い仕事だわ」
新しい服に袖を通すと心が躍るのは王族でも同じらしい。
綺麗なドレスメイルを纏って、イレーネ様はくるりと回った。スカートがふわりと膨らみ、確かに可愛らしい。――傭兵らしさとはほど遠いけど。
「このドレスメイルも魔導具になっています。魔力を通せば、一時的に障壁を展開できるようになっています」
「なるほど。こうね」
「うぎゃっ!?」
イレーネ様が鎧に魔力を通す。
瞬間、胸部に嵌め込まれた青い魔石が輝き、半透明の障壁が球状に広がった。
側に立っていた私はそれに押し退けられ、間抜けな声を上げて床に倒れた。
「あら、危ないわよ?」
「もう少し早めに言って下さい……」
しかしまあ、防御力は十分だ。ドレスメイルだけど、一応弱い障壁は常に展開されているようだし。レセイクさんも王族用ということで、そのあたりはしっかり考えてくれているらしい。
攻撃力はともかく防御力、生存力がきちんと保証されているのは護衛としてもありがたい。
「しかし、本当に紋章はいらないのですか?」
装備一式を揃え、ご満悦のイレーネ様に、レセイクさんが控えめに伺う。
昨日の注文時、イレーネ様は武器と防具に王族の証である炎翼の獅子の紋章を刻まないように伝えていた。
レセイクさんはその注文に驚きつつも、要望の通りにしてくれていた。しかし、やはりもう一度確認はしておきたかったのだろう。
「いいのよ。身分は隠して傭兵になるつもりだし、邪魔でしかないわ」
王紋を邪魔だと切り捨てるのはなかなかの言動だが、イレーネ様だから納得するしかない。
しかしまあ、この件に関しては私も紋章はいらないと思っていた。そんなものを付けていても、ならず者の多い傭兵の社会では厄介ごとしか呼び込まないだろう。
「これで武器も防具も揃ったわね。シェラ、ギルドに行くわよ!」
ドレスメイルを纏い、大盾を背負い、イレーネ様は早速ドアの方へと歩き出す。
私は慌てて彼女の肩を掴んで引き留めた。
「待って下さい。まだ準備は終わってませんよ!」
「はぁ?」
不満を露わにするイレーネ様だが、私も銀級傭兵として引き下がる訳にはいかない。
武器と防具を揃えれば傭兵になれるわけではないのだ。
「その前に、他の道具を揃えに行きましょう」
私の言葉に、イレーネ様は怪訝な顔をした。
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