第06話「私は彼女に提案した」

 衛士の槍を掻い潜り、なんとかイレーネ様に事情を説明して貰って、私も入店を許可された。まじで余計なことしやがって――こほん。お戯れが過ぎます事よ、イレーネ様。


「しかし、驚きましたよ。事前にご連絡頂ければ、歓待の準備も整えられたのですが」

「いらないわよ、別に。それよりも武器と防具をつくって欲しいのだけれど」


 ふかふかと足が沈む絨毯の上を歩きながら、イレーネ様は早速本題に入る。世間話から始めようと思っていたらしい工房長の青年は、その単刀直入具合に乾いた笑みを漏らしていた。

 しかし、工房長といえばかなりの地位であるはずだけど、彼は随分と若い。貴族のご子息らしい、細身に白い肌で、柔らかな金髪に飾られたミルクのように甘いフェイスも相まって、とても武器や防具を作る職人とは思えない。


「シェラ、何か勘違いしてるかも知れないけど、レセイクは軽く100才は超えてる老人よ」

「へっ!? そ、そうなんですか?」


 イレーネ様の言葉に、レセイクさんは恥ずかしそうに頷いた。そう言われてみれば、耳が少しだけ尖っている。

 エルフっていうのはもっと厭世的で排他的で、深い森の隠れ里に籠もってる湿っぽい種族だと思っていたから、随分と意外だった。


「両親ともにエルフだったんですが、先祖のどこかで人間の血が混じってたようで、あまりエルフらしい特徴が出ていないんです。そのせいか、エルフの森社会にもイマイチ馴染めなくて、若い頃は放浪の旅に出ていました」


 長い廊下の先にある応接間へと行く道すがら、彼は身の上を簡単にかいつまんで話してくれた。

 排他的という私のエルフイメージはあながち間違っているわけでもないようで、彼はほとんど追われるようにして故郷を飛び出したらしい。


「その途中で、ドワーフの洞山にも立ち寄りまして。70年くらいはそこに居ましたかね」

「70年……」


 人間の人生が、一周半はできるほどの時間だ。見た目は同世代の青年にしか見えないのに、タイムスケールが私のそれとは隔絶している。


「最初はまあ、苦労しましたけど、ドワーフ側の世代が2周したくらいで受け入れられまして。そこで鍛冶の技術を学びました」

「なんかもう、色々凄いっすね」

「あはは。その時の経験を、今ここで活かせているのですから、人生何があるか分かりませんよね」


 レセイクさんからすれば、私など孫の孫を相手にしているようなものなのだろうか。我ながら随分な口の効き方だと思うが、彼は気にした様子もなく軽やかに笑っていた。


「では、こちらへ。すぐに紅茶をお持ちします」


 長い廊下の果てに通されたのは、立派な商談室だ。

 王族用なのか、途中にも幾つか扉はあったが、恐らく一番大きな部屋だろう。革張りのソファと、一枚板の大きなテーブルだけでなく、この部屋で試着なども全て完結するように、トルソーなども揃えられている。

 イレーネ様は慣れた様子でソファにどっかりと身を沈め、私は一応護衛なので、彼女の背後に立つ。

 そうしているうちにメイドさんがお盆を抱えてやって来て、紅茶をイレーネ様の前に置いた。


「シェラは何も飲まないの?」

「えっ、いいんですか」


 不思議そうな顔で聞かれるが、こっちの方がおどろきだ。普通、こういう時って護衛の人とかは静かに待機しておくべきなんじゃないの?


「結構時間掛かるわよ? 倒れられても困るし、こっちに座ればいいじゃない」

「あっはい。じゃあ、お言葉に甘えて……」


 ぽんぽんと自分の隣を叩くイレーネ様に、少し混乱しながらも結局従うことにする。普通に考えれば不敬罪でギロチン一直線な行為なのだが、他ならぬ王族の方が許してくれるなら、まあ良いだろう。これが罠なら、この女の子が卑劣すぎる。

 イレーネ様の隣に座り、メイドさんから私の分の紅茶を貰う。イレーネ様は山のように砂糖を投入していたが、貧乏性な私は一片だけにとどめておく。


「おいしい……」


 紅茶を一口含み、思わず声を出す。

 流石は王族御用達の高級武具工房だ。出てくるお茶のレベルも、下町ではまず出回らない品質だ。淹れる人の腕も良いのだろうし、砂糖もかなりの上物である。

 この一杯が飲めるだけでも、騎士職初日の苦労が報われるというものだ。


「あんた、今までで一番幸せそうな顔してるわね」

「そりゃあそうでしょ。――こほん、失礼しました」

「別に良いわよ」


 気が緩んだせいで断頭台最短距離を走り出しそうになったが、イレーネ様はさらりと流してくれる。流石、高貴な身分の方は心にも余裕がおありになられる。


「お待たせ致しました。では、早速、ご用件を伺いましょう」


 そこへ、奥の扉からレセイクさんが戻ってくる。

 外出用の服装から、商談用の更にきっちりとしたスーツに着替え、美男子具合にも磨きが掛かっている。中身は数百才のお爺さんらしいけど。

 彼はテーブルを挟んだ向こう側に腰を下ろし、テーブルの上に大きな紙を広げる。ペンを持ち、上部に今日の日付とイレーネ様の名前を書きこんだところを見るに、この上で情報を整理していくらしい。


「本日は武器と防具をご所望とのことですが、どのような用途で扱われますか?」

「傭兵になろうかと思って」

「なるほど」


 イレーネ様の突拍子もない言葉を、なるほどの一言で受け止められるのがすごい。亀の甲より年の功とでも言うべきか。私とは経験の深みが違う。


「傭兵となると、あまり大きな剣は向きませんか。携行に不便で、折れては使い物にならない。ですよね」

「――えっ、あ、私ですか?」


 突然、工房長の顔がこちらを向く。

 まさか私に話の矛先が向くとは思っておらず、少し反応が遅れてしまった。


「この中で一番、今の傭兵の世情に通じているのはシェラ様でしょうから」

「よく分かりましたね」


 確かに、王族の女の子や貴族御用達の商人よりも、つい昨日まで傭兵だった私の方がそのあたりについては詳しいだろう。けれど、私はレセイクさんに素性を明かした覚えはなく、少し不思議に思う。


「お姿を見れば、どことなく。歩き方が足音を殺したものですし、武器も双剣と、騎士にしては珍しい。何より、その装備はとても使い古されています」

「確かに。流石ですね」

「それくらい誰でも分かるわよ」


 レセイクさんの観察眼に思わず手を叩くと、イレーネ様が呆れた様子でティーカップを煽った。生意気だなぁ。


「昨日まで銀級の傭兵として活動していました。本日よりイレーネ様の護衛として、騎士をやらせてもらっています」

「なるほど。それでイレーネ様が傭兵になりたいと」


 得心がいった、とレセイクさんは鷹揚に頷いた。

 そんな彼の反応を見て、イレーネ様は苛立ちを込めてテーブルを叩いた。


「ほら、さっさと話を進めるわよ。そうね……武器は戦斧なんてどうかしら」


 強引に会話をぶった切り、イレーネ様は提案する。

 戦斧というのは、なくはない選択肢だ。刃物なので手入れの手間はあるが、剣よりはよほど頑丈で、刃こぼれしても重量で叩くことができる。実際、傭兵にも愛用者は結構多い。

 しかし――


「持てますか? 結構重いですよ?」


 戦斧は重い。

 重量を攻撃力に転化する武器なのだから、当然と言えば当然だ。戦斧を扱っている傭兵も、鬼人やドワーフといったフィジカルに秀でた種族が多かった。

 しかし、そんな私の憂慮を、イレーネ様は眉をきゅっと寄せて一蹴する。


「人を外見だけで判断しないことね。あたしのギフトを知らないの?」

「ぶっちゃけ、あんまり……」

「それでもあたしの護衛なの?」


 正直に答えると叱られた。新任なんだから許して欲しい。

 イレーネ様のギフトは〈無窮の武練〉と言うものだ。彼女が“武姫”と呼ばれる所以であり、彼女の尊大な態度の根源でもある。

 昨日まで一般庶民でしかなかった私が知っているのは、ギフトの名前とその概要だけ。すなわち、“どんな武器でも、例えそれが始めて触れるものでも、熟練の戦士以上に扱うことが出来る”というものだ。


「もしかして、重量もギフトの効力の範疇だったりするんですか」

「当然でしょ。それが武器なら、あたしはどんなに重いものだって持てるわよ」


 幼さの残る顔を得意げにして、盛大に胸を張るお姫様。

 彼女の居室を思い返し、壁に大剣や戦斧、棍棒といった武器が掛けられていたのに気付く。

 どうやら、彼女の話は本当らしい。


「でも、やっぱりおすすめはしませんね。持ち運びに適していないので」


 彼女が大きな戦斧を扱えると知っても、まだ首を縦に振ることは出来ない。イレーネ様は私よりもずっと背が低く、戦斧を持ち運ぶと地面に擦ってしまいそうだからだ。

 傭兵は、おそらくイレーネ様が思い描いているほど華々しい職業ではない。確かに自分よりも強大な魔獣を相手取ることも多いが、それよりも大切なのは、如何にそのような場面を回避して生き残るか、ということだ。

 森を隠れ進み、目的の薬草だけを採取して帰る。険しい岩山を忍耐強くゆっくりと進み、火蜥蜴の卵だけを盗んで帰る。生きて帰ることが出来た傭兵だけが、良い傭兵なのだ。

 大きな武器はそれだけで目立つし、イレーネ様の場合は地面に痕跡が残るかもしれない。

 私が双剣を使っているのも、取り回しがしやすいからだ。


「片手剣とか、鉈とかどうです? 戦斧も、大きいのじゃなくて手斧とか。片手で持てる棍棒なんかだと、携行性もあっていいと思いますよ」

「嫌よ! そんな盗賊みたいな武器」


 ギルドでたむろしている傭兵たちを思い返し、愛用率が高い武器を列挙していく。

 しかしどれもお姫様の好みには合わないようで、瞬く間に一蹴されてしまった。

 しかし、盗賊みたいな武器とは、言い得て妙だ。資金力に乏しく、手入れの余裕がないのは盗賊も傭兵もそう変わらないし、手にする武器が似てくるのも納得がいく。


「戦斧が良いわ! でっかい戦斧! 最低でもあたしの背よりも大きいの!」

「ああもう、我が儘だなぁ」


 下手に反対したのが悪かったのか、イレーネ様はむきになってしまう。まだ彼女と付き合いの浅い私でも、これを覆すのは難しいと直感で分かる。――めちゃくちゃ面倒くさいな。


「では、こういうものはどうでしょうか」


 駄々のこね方だけは年相応なお姫様に辟易していると、レセイクさんが口を開いた。

 福音を聞いたかのように、イレーネ様はぱたりと動きを止めて、彼の方へ耳を傾ける。


「最近、ドワーフの洞山で新しい技術が開発されました。あそこは様々なカラクリ――魔法に頼らない機構を作っているのですが、そこで独創的な折りたたみ機構が発表されたのです」

「折りたたみ?」


 怪訝な顔をするイレーネ様。

 私も、彼の言葉の続きを待って耳を傾けた。


「折りたたみ式機械戦斧。展開時の耐久性も保証されていますし、格納時はかなり小さくなります。問題は構造が複雑になることで、お値段が高くなることですが――」


 レセイクさんの流れるようなトークに、イレーネ様の険しい表情もどんどん柔らかくなっていく。きちんと短所を伝えてくれるが、金銭面を気にするような方ではない。


「いいわね。それを見せてちょうだい」


 イレーネ様が口を弓形にする。

 彼女の言葉に、レセイクさんは恭しく頭を下げた。

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