第02話「私は彼女に打ち明けた」

 リットランド王国の第三王女――“武姫”イレーネ様の居室は、彼女の二つ名に相応しく武器庫と見紛うような物々しさに溢れていた。

 壁には種々様々な武器が飾られており、中には刀や三節棍、仕込み杖などこのあたりではまず見られない珍しいものまで揃っている。大抵のものはピカピカに磨かれていて真新しいが、中には使い古された様子のものも混じっているのが、また恐ろしい。

 天蓋付きのベッドとテーブルセットがある以外は質素そのもので、壁紙すらない剥き出しの石壁が四方を覆っている。

 鉄格子の嵌められた窓からは王都の裏に広がる森が見下ろせるが、それもとても狭い風景を切り取っているに過ぎない。

 およそ王族、どころか年頃の女の子が住む部屋とは思えない。むしろ、監獄と言った方がまだ妥当だろう。


「…………」


 そして現在。

 部屋の主であるイレーネ様は椅子に座り、メイドさんが用意した紅茶を嗜んでおられる。

 私は部屋の隅に正座して重苦しい空気に両肩を縮めていた。


「ねぇ」

「はいっ!」


 静寂を裂いてイレーネ様が声を発する。

 私は背筋をぴんと伸ばして精一杯元気よく返事を返した。

 少しでも心象をよくしなければ、明日には首と身体がサヨウナラしていてもおかしくはない。そんな私の緊張を知ってか知らずか、イレーネ様は澄ました顔をこちらに向けた。


「あんた、どうしてあたしに勝てたの?」

「ど、どうしてとは……?」


 恐怖から声が震える。

 そんな私をイレーネ様はじろりと睨み付けた。


「あんたがドアを開けた瞬間よ。普通なら反応できない速度で、死角になる角度で投げたはずなのに、あんたはそれを全部躱したわ」


 傷だらけの鉄扉を開けた瞬間に飛んできた三本のダガー。

 やはりアレは私の急所を的確に狙った殺意の攻撃だったらしい。


「どうしてと言われましても、


 どう説明すべきか考えて、結局はそんなことしか言えなかった。

 けれど、それだけでは説明不十分だったようでイレーネ様は獅子のたてがみのような赤髪を逆立てる。


「見える訳がないでしょ! あたしがそんなぬるい攻撃する筈ないんだから」

「そ、そう言われましても」


 ぷらぷらと床に付かない足を揺らしていた姫様は身軽に椅子から飛び下り私の方へ迫り寄る。


「〈矢避け〉でも持ってるの?」

「い、いえ。自分から避けないと普通に当たります」


 膝を揃えたままくねくねと動いて後方へ下がる。


「なら〈絶対防御〉とか?」

「いえあの、違います」


 追い詰められて背中が壁に付く。

 それでも姫様の勢いは収まらず、私の額に指先を突き立てた。


「あんたのギフト、教えなさい」

「えーっと……」


 困り果ててメイドさんに視線で助けを求める。

 しかし物静かに佇むメイドさんは口元に僅かな笑みを浮かべるばかりで、どうやら助ける気は無さそうだ。

 私は観念して、おもむろに指を向ける。


「眼です。私のギフトは〈心眼〉といって、私に向けられた殺気を感じ取り、攻撃の軌道を予測することができるんです。他にも色々と効果を持っていますが、簡単に言えばそんなところです」

「〈心眼〉? 聞いたことがないわ」

「珍しいギフトらしいので」


 私の眼――青色の瞳の中を覗き込むと星がある。

 ギフトとは、人が産声を上げた瞬間に天から授けられる特別な力。

 千差万別、多種多様なギフトの中で、私は私に降りかかる害意を感じ取る眼を頂いた。

 肉体的な視覚に左右されず、己の心で感じ取る眼。村の神官様曰く〈心眼〉というギフトによって、私は荒々しく過酷な傭兵稼業で、なんとか生計を立てられていたのだ。

 コレがなければ、私は野営中に襲ってきた盗賊にでも殺されて、今頃は土に還っていたことだろう。


「なるほど、厄介なギフトね」

「心強いと言って頂けると嬉しいのですが……」


 どうして私は警護対象に加害者的な苦言を呈されているのだろうか。

 小さく呟いた言葉は耳聡く拾われ、きっと睨まれる。

 慌ててペコペコと謝る私は、身分を弁えた賢い騎士なのだ。


「あんたが銀級になれたのもその〈心眼〉のおかげ?」

「まあ、そう言って差し支えないかと」


 真正面から言われると少し傷つくが、紛う事なき事実である。

 このギフトが無ければ、私は傭兵として実績を積むこともできず、こうしてここに立つことも許されていなかったはずだ。まあ、今は冷たい石の床に正座しているわけだけど。


「ふぅん……」


 じろじろと私の身体を舐めるように見るイレーネ様に、私は居心地が悪く身じろぎする。

 しかして逃げ出す訳にもいかず、どうしようもない。しばらく姫様からの視線を甘んじて受けていると、彼女は小さなため息と共に力を抜いた。


「とりあえず、あたしの攻撃を躱したことは褒めてあげるわ」

「あはは、ありがとうございます」


 組み伏せた事実は無かったことになったようで、私は乾いた笑みを浮かべて頭を下げる。

 ていうか、もしかしてさっきの襲撃は彼女の近衛になった騎士への洗礼なのだろうか。

 たしかにそう考えれば道中の同僚たちの可哀想な実験用鼠を見るような目にも納得がいく。そして田舎に帰ってしまった前任者のことも。


「あの、一つ質問よろしいでしょうか」

「許すわ。勝者には相応の褒美が必要だものね」


 そんな重大な感じじゃないんだけど……。


「えっと、この部屋とか、そこの扉とかにある傷って……」

「あたしがちょっと遊んだ時にぶつけた奴ね。最近はもう直して貰えてないわ」


 遊ぶの定義が若干、私の持っている辞書と違う気がする。まあ、顔も知らない新任騎士目掛けて容赦なく剣を投げてくる跳ねっ返りだ。直した側から破壊されてたんだろうなぁ、となんとなく察せられる。

 なるほど。無駄に堅固な防御術式は、外敵からではなく姫様から城を守るためのものだったのか。そして、部屋の外に広がる惨状を思うに、その効力には少々考察の余地がある。


「けど少し悔しいわね。今まであたしの攻撃を全部躱した騎士は居なかったのに」


 少し、と言いつつ、尋常でない苛立ちようで姫様が唇を尖らせる。パリン、と音がしてテーブルを見ると、イレーネ様が握っていたカップの取っ手が壊れていた。マジで?

 そりゃあまあ、彼女の困惑――恐らく困惑――も分かる。大体の人間は死角から自分の反応速度を越えてやってくる剣に対応できる能力を持っていない。

 私だって、ギフトが無ければ即死である。

 確かに殺せるという確信を持つ剣を向けられるのは嫌だが、それを躱されるのも、まあ、ショックではあるのだろう。


「ねえシェラ」

「な、なんでしょう」


 ぼんやりと考えていると、突然名前を呼ばれる。声が上擦らないように気をつけながら、主の方を向いて返事をする。


「あんた、それだけの力があって銀級なのよね? 傭兵にはあんたより強い奴が沢山いるってこと?」

「え? まあ、そうですね。とりあえず金級は私より確実に強いですし、同等級の中にも敵わない人は沢山います。そもそも、傭兵が相手にしてる魔獣なんかは、金級すら敵わない存在がゴロゴロいますし」


 つい最近までやっていた傭兵稼業のことを思い返しながら語る。

 傭兵というのはそれ以外の職にあぶれたならず者の受け皿ではあるが、人々を魔獣の被害から守る庶民の盾でもある。

 等級は全部で三つしかないアバウト極まりない分類だけど、だからこそ、その間には絶対的な力の隔絶があるし、最上級の傭兵でも逃げに徹しなければ命が無い魔獣というものも多少は存在する。

 王国の騎士団も粒ぞろいだが、正直それよりも強い傭兵など数えきれない程にいるはずだ。


「……えっと、イレーネ様?」


 と、そこまで思考を巡らせてはたと気付く。

 目の前のお姫様は真剣な顔で何やら考え込んでいた。

 私が傭兵時代に培った勘が、盛大に警鐘を響かせる。何か取り返しの付かないことをしてしまったような気がする。


「なるほど、なるほど」

「えっと、イレーネ様? 何がなるほどなんでしょうか。なんで今までで一番良い笑顔を浮かべていらっしゃるのでしょうか」

「シェラ」

「はいっ!」


 突然お姫様は顔を上げる。

 活力に満ちた美しい笑顔で、彼女は朗々と声を上げる。


「あたしと一緒に傭兵をやりなさい!」

「……ぴえっ」


 唐突に告げられた命令。

 その突拍子の無さに驚きが遅れてやってくる。

 様々な言葉が浮かんでは消え、ようやく絞り出したのは間抜けな鳴き声だった。

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