ホーリーダンサーとCXB
親分がやられて蜘蛛の子を散らすように、粗暴な男たちは逃げていった。
騒動の後には、麻袋がひとつ残った。
もぞもぞ動いている。
麻袋から出てきたのは、女の子だった。
マーヴィより2つか、3つか幼く、森に溶け込むような緑髪と、珍しい桃色の瞳をしている。
ずいぶんと端正な顔立ちだ。
悪い奴らに誘拐されるわけだ。
「ジナ、無事か」
「大丈夫です。おじいちゃんが迎えに来てくれるってわかってましたから」
誘拐されていたというのに、まったく物怖じしていない。淡々とした声からも動揺は感じられなかった。
「すごく無事そう! よかったですね! おじいさん!」
「あの……この人……」
少女は胡乱げな目線をむける。
マーヴィのことを怪しんでいる目だ。
「若いの、ついてこい。礼がしたい」
白髪の男はあごをクイッと動かして、マーヴィをどこかへ案内しようとする。ここでは野次馬が多すぎるので連れ出したいらしい。
少女は「ぇ? この人付いてくるの?」と言った顔つきだ。
マーヴィは何か大事なことを忘れてる気がしたが「せっかくのお礼してくれるなら!」と、クラリスとシュガーライクを連れて、白髪の男について行った。
道すがら彼の名前を知る。
「俺はシルバ、こっちが孫のジナだ。ジナ、挨拶しなさい」
「……こんにちは、ジナです」
「僕はマーヴィ、マーヴィ・マント! いったいお礼はなんですか!」
小さな声で「やっぱり、バカじゃないですか……」と、ジナはつぶやく。
「圧の使い手で、なおかつその身体能力……相当な実力者とみた。必ず気にいる。約束する。お前さんにぴったりの礼だ」
マーヴィたちは錆びた工場へやってきた。ずっと昔の時代、何かの機械を作っていただろう工場は、人の生活の跡があった。
壁には何本もの剣が掛けられている。
部屋には赤々と燃え上がる炉、大きな水槽、石炭の入った箱、鋼を加工するための金床、使い道がわからない道具、等々が秩序なく散らかっている。
マーヴィはポンっと手を打った。
「シルバおじいさんは鍛冶師なんだ!」
「その通り。お前さんに、俺の作品をぜひ贈りたい。好きな物を選んでくれ」
「好きな物? 剣をくれるんですか!?」
「ああ」
「っ、やった! アリスが喜びそう!」
マーヴィは意気揚々と一番かっこいい剣を選ぼうとし……ふと、思い出した。
「あ」
「? どうした、マーヴィ。どれでも好きな物を選んでくれていいんだぞい」
「アリス……アリス、アリス!」
マーヴィは血相を変えて、全力疾走で鍛冶屋を飛び出した。
「マーヴィー?」
「あわわわわ、どうしてアリスがここに!?」
クラリスたちの元へ戻るなり、ジトッとした目つきをしたアリスに会ってしまう。
普段なら「海を閉じ込めたみたい!」と諸手をあげて讃えるほど綺麗な蒼瞳が、今は震え上がるほどに恐ろしかった。
「市場での騒ぎを聞いて来たのよ」
「こ、これは! すごく僕のせいじゃない理由があって!」
「じーっ」
「は、話してもいい?」
「はあ……わかったわ。話してみて」
マーヴィは挙動不審なほど、身振り手振りで馬泥棒たちのことを話した。
アリスは話を聞いていく中で、ちょっとずつ申し訳なさそうな顔に変わっていく。
「……マーヴィ」
「はい!」
「疑ってごめんなさい! いつもフラフラしてるから今回もてっきり散歩してるのかと思ってたわ!」
頭を下げて精一杯謝るアリスを見て、マーヴィはなんだかちょっと勝った気分だった。
すこしだけ誇ったように胸を張ってみたりする。
「ああ、それよりもマーヴィ、大変なの。実は冒険者ギルドに行ったんだけどクエストがなくてね──」
「客人が増えたかい」
いつからか、シルバが横に立っていた。
マーヴィは彼へ、アリスを紹介した。彼女は共に旅をする友達で、優れた剣士であると。
アリスは慌てて「だから言っちゃダメだって!」と、″旅してる″という自殺に近い告白を、無かったことにせんと両手をわたわた動かした。
「お前たちさんたち2人で旅、とな」
「えへへへ! 旅してるっていうのは語弊でして、わたしとマーヴィは町の端から端までを冒険してるだけですからね!」
「ふん。別に何でも良い。恩人に不義理なこたしねえ。安心しな」
ぶっきらぼうな顔のまま、シルバは腕を組んで鍛冶屋へ戻って行ってしまった。
拍子抜けするほど、あっさり受け入れられた。「隠れて通報する気?」と疑いを抱いてしまうほどだ。
「あのおじいさんはそんな事しないと思う!」
「うーん、マーヴィの感は信頼できるからなぁ……」
一旦彼を信じることにし、2人は後を追いかけて鍛冶屋のなかへ。鍛冶屋の中にはもうジナの姿はなかった。どこかへ行ってしまったらしい。
「え? 武器もらっていいんですか?!」
武器に困っていたゆえに、剣がもらえるという話は願ったり叶ったりの展開だった。
「すごい……っ、これほどの質の剣、冒険者でも持ってる人少ないわ」
剣の面を見て、感嘆のため息がでる。
シルバの剣たちは非常にレベルの高いものばかりだったからだ。
一般流通している剣にはランクがある。
アリスが長いこと愛用していたのは、実家クドルフィ家の騎士からパクって来た剣で、ランクにしたらE級相当の剣であった。
「このシルバが鍛える剣はD級のクオリティだい。そして、こいつらが最高傑作のC級クオリティの剣たちだ」
剣にもE級〜S級までランクは存在しているが、戦士が自分の同じランクの武器を使うことは少ない。
理由はランクの高い武器を作れる人間は、非常に少ないこと。
技術を持っていても、素材のランクも同等に高くないと良い武器は作れないこと。
これらのせいで武器は慢性的に不足しており、C級以上の武器の値段を、法外な額になっているのだ。
特にS級A級B級などのレベルになると、人々に広く知れ渡っているような名剣、伝説の剣になるので、市場で買えるものは実質的にC級が最上位である。
そのため、戦士は、通常は2つ下のランクの武器を使う事が多いとされる。
冒険者としてA級のアリスならば、C級クオリティの武器は妥当であった。
アリスはシルバに提示された7本の剣をじっと見つめる。どれもC級、超高品質の剣だ。
「これ……」
惹かれるように、ある剣を手に取った。
白い波紋があり、柄も白い両刃の剣だ。
剣身には「フォレスタのシルバ」と「ホーリーダンサー」と刻まれている。
「良い剣を選んだな、お嬢ちゃん。86cm、1.5Kg、白魔鉱石で鍛えたホーリーダンサーだ」
「すごい! ホーリーダンサー! カッコいい! でも、アリス、こっちの黒いカオスエックスブレードもカッコよいと思う!」
「そうねマーヴィ。シルバさん、ホーリーダンサーにするわ」
カオスな剣は不採用になった。
マーヴィは眉尻をさげて名残惜しそうに黒い剣を戻した。
「それも持っていっていいぞ」
「やったー!」
歓喜。
「それにしても、どうしてこんな所で武器を? シルバさんほどの腕なら、王都で大活躍できると思いますよ」
「俺は歴史に名を残す名剣を作りたいのさ」
シルバは自慢のC級の剣を見る。
その瞳は誇らしげ……ではなく儚い色を持っていた。
「これじゃダメなんだ。数をたくさん作るんじゃ意味がない。本物ってのは、ただ一本仕上げるだけで伝説になる。伝説たる俺の生涯最高傑作に、ふさわしい材料がここにあるのさ」
「材料ですか! もしかして竜の牙とか!」
「それとも伝説のモンスターの遺骸とか?」
アリスとマーヴィは目をキラキラさせる。
2人とも伝説とか、英雄とか、好きだった。
「大地を噛み砕くとされる、大怪蟲の大顎さ」
「大怪蟲……」
「はは、ビビったか。ああ、知ってるさ、そんな素材手に入るわけないってな」
「僕、とってきますよ! 剣のお礼がしたいです!」
「礼に礼してどうするんだ。今のは、老ぼれの夢物語だ。忘れてくれ」
マーヴィとアリスは追い出されるように、シルバに背中を押され、鍛冶屋を後にした。
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