大怪蟲を追え


 シルバの鍛冶屋をあとにして、2人は冒険者ギルドへ戻ってきていた。

 厩舎で悪事を働いていた馬泥棒たちは、すでにフォレスタに駐在する領主の騎士に知らせて、連行してもらった。

 もう安心して馬を休ませることができる。


「それじゃ、例のクエスト受けさせてもらえますか?」

「例のって……もしかして大怪蟲を?」

「そうよ。そのクエスト」

「 む、無理ですよ、今日、冒険者になった新人にどうにかできるモンスターじゃないんです!」


 当たり前の言い分だった。

 アリスはA級冒険者のギルドプレートを受付嬢に見せる。


「あれ? それってA級……あれ? あれ? あれぇええええ?!!」

「ごめんなさい、嘘ついてたの。わたしならそのモンスター、倒せるかもしれないわ」

「なな、なんで嘘を……?! ダメですよ、こんなのイタズラじゃ済まないですよ!」

「本部に報告する? そっか、それじゃ大怪蟲討伐にはいけないわね。残念残念」

「っ、ちょまっ!!!!」


 立ち去ろうとするアリスの腕に、受付嬢は抱きついて死に物狂いで止める。


「ひ、秘密にしたら、討伐してくれますか? 大怪蟲を倒して、フォレスタを救ってくれますか?」

「ええ、もちろん。だけど、絶対秘密にね」


 そう言うと、受付嬢は目を爛々と輝かせた。


「訳ありなのはお互い様よ。だから、正式なクエストとしてじゃなく、対象をなんとかするわ。もちろん、クエスト報酬は貰うけど」

「うぅ、ありがとう、ごじゃいますアリス様……!」


 アリスとマーヴィは、一枚の依頼書を受け取って、ギルドをあとにした。


 その依頼書に書かれたクエストランクはA級。

 超高難易度クエストだ。

 討伐対象は、


「大怪蟲オブスクーラセンチピード。脅威度45の準A級に分類されるモンスターで、とんでもなくおおきなムカデらしいわ」


 オズレの古森の玄関であるフォレスタは、本来は恵まれた天然資源と、モンスター資源の多さでとても栄えていた町だった。

 古いの遺跡の数々も、人を寄せるのにとても向いていた。


 しかし、数年前に大怪蟲が出てから事態は一変した。


 呪いを撒き散らすことから″オブスクーラ″の冠名を命名された、その巨大ムカデは、ギルドの討伐隊を3度も返り討ちにし、フォレスタ冒険者ギルドに大打撃を与えた。


 全身から『不毛の呪い』を放っているせいで、フォレスタ近郊の天然資源は激減、木には果実が実らなくなり、土地は痩せてしまった。


 フォレスタは最北の町という立地であり、数々の遺跡を中心に人が集まっただけの町だった。さしたる産業はなく、あるのは資源だけ。


 資源の旨みすら薄くなった以上、王都の冒険者ギルドは、大怪蟲の討伐を一時凍結、フォレスタに人的リソースを割けなくなったのだ。


 そうして、フォレスタ冒険者ギルドからは冒険者が離れていき、日に日に町から人は消え、貧しくなり、無意味と諦観から、ギルドには依頼はなんの届かなくなった。


「手を出さなければ、直接、人間を襲うこともないみたいなの。みんな、大怪蟲を下手に刺激することを恐れてる」

「絶対倒さないと! 人助けをしよう! そうすれば、シルバおじいさんも喜んでくれる!」

「うん。倒すわよ。クエストしてお金を稼げないと困るし、いまさら引き返して呪監査委員会に捕まっても嫌だしね」


 2人は受付嬢からもらえた僅かながらの手当でアイテムを揃えに出かけた。


 寂れた市場にやって来た。

 日持ちしそうな食べ物を買いそろえていく。

 行き先で、冒険者パーティは野生の動物や果物など、狩ったり、採集する能力を持っている。ただ、それはパーティに盗賊や弓士がいればの話だ。あいにくとここには剣士と荷物持ちしかいない。食料調達には、やや不安が残るメンツだ。

 

 クエスト期間を最長1週間ほどで見積もり、食料を買い終えると、今度は錬金術ショップにやってきた。


 ショップではポーションを買う。

 それと、役に立ちそうなアイテムも用意する。


「アリス、虫には酸が効くよ!」

「そうね」

「この酸性ヤスリ買おうよ!」


 属性ヤスリは冒険者の間では有名なアイテムで、武器に擦り付けることで、文字通り『武器に属性を付与する』ことができる。


 ただ、酸を武器に付与するのは怖い。


「ヤスリかぁ、使ったことないわね。よく剣がボロボロになってるのを見るけど……」

「ヤスリはヤスリでも、魔術協会が販売してる高品質なヤスリさ! よっぽどのナマクラじゃなきゃ剣は傷まないはずだぜ!」


 ショップ店主はアリスの腰の剣をまじまじと見て「そいつならまず平気さ!」とうなづく。


「まあ、その分、武器として品質が悪いとヤスリに負ける。気をつけな!」


 こうして、酸性ヤスリを3つと、ローポーションを2つ購入して店を後にした。


 回復の数が少ない気がするが、アリスには奇跡の術があるので、ポーションの個数は少なめなのだ。


「大怪蟲のクエストを受けたっていうのは、あなたたち?」


「あれ? あなた?」

「あ! 君は!」


 錬金術ショップをでるなり、2人に声をかけてきたのは緑髪の少女だった。

 その顔には見覚えがあった。


「ジナだ!」

「馴れ馴れしいです、呼び捨てしないでください。さっき会ったばかりです」

「あ、ごめんね……」


 マーヴィはジナの非難の眼差しを受けて、しんみりする。「誰?」そう聞いてくるアリスに彼女がシルバの孫なのだと伝える。


「こほん。ギルドで聞きましたよ。大怪蟲を倒しに行くなら、私もついていきます」


 もうバレてる!

 あの受付嬢の人、口が軽いんだ!


 マーヴィは露骨に動揺しだし、もはや秘密裏に討伐しにいくのは不可能になってしまった。


「はあ……えーと、ジナちゃん、でいいのかな? 大怪蟲はかなり危険なモンスターって聞いてるんだけど……ジナちゃんだと、その、いろいろ危ないんじゃない?」

「ジナまだ小さいよし! モンスター討伐はすっごく危険なんだよ!」

「知ってます、うるさいです。2人してなんなんですか。これでも15です。もう戦えます」


 ジナは右中指に指輪をはめる。

 指輪には赤い宝石があしらわれている。


 マーヴィとアリスはキョトンとして首を傾げる。

 

 すると、ジナは突然


「《火炎弾》」


 ピンと伸ばした手先に、赤い魔力が収束していき、緊張の解放とともに、炎が発射された。


 火球は鋭く飛んでいき、街路樹に命中して爆発した。幹には大きな穴が空いた。


「あわわ……っ、最近の子はすごいわね……」

「すごい! すごいすごいすごいすご──」

「火属性第二式魔術まで使えます。戦う力ならあります。自分の身は自分で守るので足手纏いにはなりません」

「すごい! ジナはすっごく頭が良いんだ! でも、僕はまだまだアリスの方がすごいと思うけど!」

「マーヴィ、すこし静かにしててね」

 

 マーヴィは他人の神経を逆撫でする天才だった。


「ふん。私は大怪蟲を見たことがあります。それに、20人からなる討伐隊を打ち倒したあの怪物に対して、たった2人じゃ心許ないですよね? パーティとしてバランスも悪いあなたちにとって、魔術を使える私の存在はありがたいはずです」

「うーん、確かに。火は蟲系の敵にはよく効くことが多いし……わかったわ。確かにジナちゃんの言うことには一理ある、それに、とっても優秀な魔術師ってこともわかったしね」

「ありがとうございます、アリスさん」

「危なくなったら助けてあげるよ! ジナ!」

「そんな事にはなりませんよ、馴れ馴れしくしないでください、バカの人」


 ジナは涼しげに言う。


 頼もしい仲間が加わった。



 ──5日後



 マーヴィとアリス、そしてジナはオズレの古森の深部にいた。


 馬ではとても歩けない道なので、クラリスたちは信頼できるシルバのもとへ預けてきた。


 足を使っての大怪蟲の捜索は難航を極めていた。


 何日もの捜索によって、けもの道を進む一行の顔には疲れの色が浮かんでいる。


「痕跡を見落とさないでください。マーヴィさんに言ってます。本当にちゃんと探してますか?」

「任せて! すごい探してる!」


 マーヴィはまだまだ元気だ。とはいえ、連日の捜索でジナは疲れ切っている様子だ。そのせいもあってか、マーヴィだけにはやたら、当たりがキツかった。


「あれー? なんだろ、あの穴!」


 マーヴィを遠くを指さして走って近寄る。


 けもの道に突如として、直径1mほどの穴が現れた。深さは2mはありそうだ。


 よく見れば、似た穴があちこちにある。巨木の幹にも黒穴がポツポツと連続して空いている。それらはどれも規則的で、一定の方向へ連なるように向かっているのがわかった。


「モンスターの巣? いや、というより、これは……」

「まるで足跡みたいだ!」

「やっと手がかりが……っ、行きましょう」


 ジナの顔つきが変わった。

 赤い宝石の指輪もはめ、臨戦態勢だ。

 そろそろ、忍耐の限界なのだろう。

 ここまでずっと我慢を試され続けてきたのだから。


 とはいえ、足跡は討伐対象とは噛み合わない。なぜなら、大怪蟲は全長20mの巨大なムカデのモンスターらしいからだ。


 ただ、3人は直感的なその足跡を追わなければいけないと共通の予感を得ていた。


 足跡の導きのままに歩き続ける。


 あたりの空気にすこしずつ異臭が漂いはじめた。木々は枯れ果て、死と不毛が古森を殺しているのがわかった。


 ジナの足取りがはやくなる。

 予感は確信へ変わっていく。

 

 3人はついに見つけた。

 森のなかに、黒い巨大な卵が蠢いているのを。

 

「卵だ! なんの卵だろ! 蟲の卵みたいだけど!」

「明らかにヤバいって感じね」

「ようやく見つけました」


 地響きを鳴らしながら、そいつは現れた。


 数千本の黒い脚で、地面や幹に穴を空けながら、世に災害とはなんたらかを誇示する。


 とぐろを巻きながら、息のつまる曇天へと昇っていき、遥か上空から3人の挑戦者を見下ろす。


 縦幅6m、横幅15m、全長……目測300m。


 事前に聞いていた話と違っていた。


「あれ? 確か長さ20mじゃ……ジナちゃん……アレで間違いないの?」

「………………おかしいですね。前見た時より、ちょっと大きいです」

「ちょっとじゃない! よく見て、ジナちゃん、あれは巨大どころの騒ぎじゃないわよ!?」


 常勝冒険者のアリスでも、流石に狼狽えた。


「よーし、倒すぞー!」


 そんななかマーヴィだけは、バックパックを置いて肩を回し、やる気満々だ。


 こうして絶望の大怪蟲狩りがはじまってしまった。

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