馬泥棒と誘拐犯と被害者達
──すこし前
アリスが冒険者ギルドへ入っていくのを手を振って見送る。
与えられた仕事は、待機だ。
マーヴィは厩舎にしっかりと手綱を繋いで、厩舎の係の人に、乾燥草と水をあげるようにお願いをした。10マニーを係のお爺さんに渡す。
あとは冒険者ギルドの前で待つだけだ。
バカな自分でも流石にできる!
そう自信満々に胸張って、アリスが出てきたら一番最初に会えるように、入り口のすぐ前で待つことにした。
「おや?」
なんとなしに厩舎のほうへ視線をやると、粗暴そうな男たちが入っていくのが見えた。
身体中にタトゥーが入っていて、目はギラギラとひかり、あたりを伺うように見渡していた。
怪しい!
不安になってきた!
クラリスもシュガーライクも可愛い馬だし……。
いたずらされたらどうしよう!
視線をギルドの扉と、厩舎の間で何度も往復させる。厩舎を見にいくことを決めた。
全力疾走で、厩舎へ飛び込む。
馬をたくした世話係のお爺さんと、粗暴な男たちが、クラリスとシュガーライクの手綱をひいて、裏口から出そうとしていた。
マーヴィはとっさに「泥棒!」と叫んだ。
「っ、やべ、バカが来たぞ!」
「乗っちまえ!」
粗暴な男たちはクラリスたちに跨ると、そのまま走りだしてしまった。
なんという事をする人たちだ!
大事な馬に勝手に乗るなんて!
「おじいさん、見ててくれるって言ったのに!」
「はははっ、マヌケ! 頭が悪いから騙されるんじゃよ、盗まれる方が悪いってママに教えてもらわなかったか!」
「僕はお母さんは、悪い事をしちゃいけないと教えてくれました!」
どうやら厩舎係がグルだったようだ。
マーヴィは遠慮なく厩舎係を1発ぶん殴り、馬泥棒たちを追いかけはじめた。
厩舎係は白目をむいて気を失った。
「はっ、見ろよ、あのバカ追いかけてきてるぜ!」
「そんなマヌケ面さらしてこの町に来たのが間違いだったな! ひゃっはー!」
「待てー! 許さないぞ!」
ぐんぐんと馬との距離が縮まっていく。
近づいてくるほど、初めは笑っていた馬泥棒たちの顔が、すこしずつ青ざめていくのがわかる。
彼らは気がついた。
こいつ馬より速くね?
「やっべ!? なんだこいつ!!?」
「もっと飛ばせ! 全速力だ!」
「待てー! クラリスを返せー!」
クラリスとシュガーライクの全力疾走。
マーヴィはもうすぐそこだ。
馬チェイスは、露店が立ち並ぶ市場に突入する。
「どけどけどけー!」
「道を開けろい!」
「待てー! あ、これ買います!」
走りながら、露店のおばあさんに10マニー硬貨を一枚渡して、ニンジンを2本買う。
それを馬泥棒たちへ思いきり投げつける。
ニンジンは回転しながら、槍のように飛んでいき、馬泥棒たちの肩に命中した。
勢いが強すぎたせいで、ニンジンが持たずにパサッと砕け散った。
馬泥棒たちは落馬、ニンジンで脱臼した肩を押さえて、苦痛にうめき声をあげはじめた。
クラリスとシュガーライクは、地面に散らばったニンジンの破片を、パクパク美味しそうに食べる。
「ぁああああ、肩がぁああ!」
「なんて威力のニンジンだ……っ、ぐぅっ!」
馬泥棒たちは瞳に怯えの色に染まっていた。
マーヴィは早歩きで近づく。
もう逃さないぞ!
「おっとと、そこまでだぜ?」
と、そこへ、馬泥棒たちとよく似た暴力の香りがする筋骨隆々な大男がフラッと現れた。
馬泥棒たちの目が爛々と輝きだした。
「あ、兄貴ィイ! 助けに来てくれたんですか!?」
「どうしてここに!?」
「ぐっふふ、例のじじいの仕事の途中、たまたま通りがかったのさ。おめぇら運が良かったな」
よく見ると近くには、麻袋を抱えた乱暴そうな男たち数人集まっていた。
彼らもまた悪い仕事をしていたらしい。
「おめぇら誰にのめされてんだ……って、おいおい! こいつ知恵遅れ野郎じゃねえか! がっはははは!」
「僕はマーヴィ、マーヴィ・マント! その馬は僕たちのです!」
マーヴィはニンジンを拾い食いしてるクラリスたちへ近づこうとする。
大男は身体をはさんで、行手を塞いだ。
「待て待て、舐めたマネしてんじゃねえよ、バカの分際で。お前の馬なんて証明がどこにある。俺たちの馬を盗もうってのか?」
「あれは僕たちの馬だ!」
「がっはははは! お前たち聞いたか? こいつは俺らの馬をどうしても自分の物だって言い張るつもりらしいぜ?」
乱暴そうな男たちがゲラゲラと笑う。
「立場がわかってないみてぇだ。わからせてやれ」
「おらぁああ!」
「ひゃっはーー!」
「いっひひひ!」
棍棒、錆びた金属棒、マチェーテなどの凶器で武装した男たちが襲いかかってくる。
市場の野次馬たちは、口元を押さえて、悲惨な未来の訪れを幻視した。
「待てぇい!」
「あ?」
「誰だてめぇは?」
声を荒げて場に割って入ってきたのは、顔に傷のある白髪の男だった。
見た目は50代後半。体はがっしりしてる。
白髪の男は金槌で武装していて、駆けつけてくるなり、マーヴィを守らんと仁王立ちした。
「バカ相手を徒党組むなんざ、恥知らずも加減にしろい」
「おうおう、じじい、追いかけてきやがったのか! よっぽど死にてぇみてえだな!」
「俺の大事な孫娘、返してもらうぞ」
白髪の男は金槌をたくみに振り回して、野郎どもを次々としばいていく。
この爺さん、強かった。若さと勢いだけでくる野郎など、まるで子供扱いだ。
「おじいさんが強いですね!」
「邪魔だ。バカは下がってるんだい」
「なかなかやるじゃねえか、じじい。よくも子分たちをやってくれたな」
大男が棍棒を拾って、ゆっくりと近づいてくる。
「オラァア!」
「っ、ぐっ、重い!」
金槌で棍棒を受けとめるが、白髪の男はおおきく吹っ飛ばされてしまう。露店を盛大に壊しながら、果物箱に突っ込んだ。
「ぅ、不覚だい……」
「ははははっ、じじいが無理しやがって。まあ、安心しな、お前の孫はボスが可愛がってくれるだろうからよ」
大男は麻袋を担いでいる子分を見やる。
「あのー!」
「んだ? ああっと、まだバカが残ってたな。お前も諦めてねえのか?」
「だって、クラリスたちは僕たちの馬ですから!」
「はっははは! ──じゃあ、てめぇもぶっ飛べや!」
大振りの太い棍棒が頭上からせまる。
大男とマーヴィの体格差は歴然。
そのままぺちゃんこになりそうな勢いだ。
「そこのバカ、はやく逃げろい!」
「ぶっ潰れろぉぉおおおおおー!」
大男の渾身の一撃。
ドガっ、と鈍い音が鳴った。
へし折れた棍棒の先端が、地面に重たい音を立てて突き刺さった。
「…………はぁ?」
「うん! 痛くない!」
棍棒をへし折った硬い拳は無傷だ。
「は、はぁーーー?! んな、バカな事! そんな細い腕で、棍棒を折れるわけが──」
マーヴィのコンパクトな右拳が放たれる。
大男の腹筋に深々と突き刺さった。直後、巨大な身体が水平に勢いよくぶっ飛んだ。
レンガ壁に突っ込んで、放射状の亀裂がベキベキベキっ、と建物の壁一面に広がった。
悲鳴をあげていた野次馬が静まりかえる。
「おじいさん、大丈夫ですか!」
「…………ぁ、ぁぁ、平気だ」
目をパチパチさせる白髪の男は、マーヴィの手を握り立ちあがった。
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