最北の町フォレスタ


 オーラを鎧のように身体に纏い防御力を意のままにコントロールできる鎧圧を使えるようになった。


「凄い!」


 マーヴィは少し強めに拳を握ってみる。


 ミキミキッ!


「あ」


 鎧圧がひび割れ、骨が軋んだ。

 手のひらは真っ赤で血で濡れている。


 鎧圧が未熟ゆえに、紙でできた火炎放射器である事実は、まだ変わらないようだった。


「あれれ? すこし身体が重くなったかも?」


 加えて、物質化したオーラには質量があるらしかった。全身に薄く纏わせると動きにくい。

 

 まだまだ練習が必要そうだ。


 とはいえ、マーヴィはえらくご機嫌だ。

 アリスはちょっと羨ましそうに指をくわえ、ちょっとだけ、こぉお……とか言ってみたりするのだった。


 ──数日後


 北へ進路を取る2人の前に町が見えてきた。


 深い森のなかに、ツタで覆われた文明的な廃墟が現れる様は、どこか壮大な時間の経過を感じさせた。


「あれがフォレスタね」


 カーサスから馬で1週間、2人はグンタネフ王国最北の町フォレスタに到着した。


 グンタネフ王国の北側に広がるオズレの古森は、獣人たちの世界との境界線に広がっている。国境線はあることになってるが、深く未開拓の森のなかに実際にそんなものはない。


「アリス、あとどれくらいで単調獣人蓮根に着くの!」

「思ったよりフォレスタにはやく着いたから、ここからだと1週間くらい、かな」


 2人はフォレスタ到着後、すぐに冒険者ギルドを探すことにした。


 食料や水、旅の道具が底を尽きて、加えて財布もすっかり軽くなっているので、はやく仕事をしないといけなかった。


 町中を歩いていると、フォレスタの住民たちの顔に、あまり元気がないように見えた。

 市場を通ってみても、なんだか活気に欠ける印象を受けた。


 森の恵みに溢れる町、とかつて風の噂で聞いていたのに、これではすこしイメージと違う。


 もう一つ、面白いことがわかった。


 このフォレスタという町の建築物の多くは、先史文明の廃墟をそのまま活用したものばかりらしい。見慣れない建築様式の建物ばかりだ。


 錆びた鉄の塔。

 朽ちた不可思議な機械たち。

 人型の傀儡たちは、製造ラインのうえで遥かなる時間に風化している。

 摩訶不思議な文明装置の数々を見ていると、かつてどんな文明がこの土地にあったのか、好奇心を持たずにはいられなかった。

 

 そんな別世界に迷い込んだかのように、景観を楽しみながら、ついでにマーヴィには黙っていてもらいながら、冒険者ギルドを探す。


「あれね」


 ツタだらけの石造の建物に、ギルドの紋章が刻まれた旗が立っているのを発見した。


「マーヴィはちょっと行ってくるね。クラリスとシュガーは厩舎に入れておいて」

「うん! 任せて!」


 2頭ともなかなかに良い馬だ。

 通りに出したままでは目を引いてしまう。


 ギルドに足を踏み入れる。

 中は閑散とした雰囲気だった。


 武器を持っている冒険者らしき者がポツリポツリといる程度で、あとは居眠りをする受付嬢がカウンターに突っ伏してるだけ。


 アリスはどこかおかしな感覚を得ながらも、さっそく掲示板へ近づいた。


 張り出されているクエストは全部で7枚。

 朝のうちに、受注されてしまっていたとしても、いささか少なすぎるように思えた。

 それに、どれも依頼日が古い。ずっと前から放置されている類のクエストに見える。


 こういうのは冒険者たちの間で「壁紙」と呼ばれている。依頼人自身が忘れ、ギルドも忘れ、毎日見てる冒険者も気にも留めなくなった模様としての価値しかない紙だ。


「壁紙だとしたら、なおのこと少ないかな」


 田舎町だと言われるポライトで、冒険者たちが仕事を受注してしまった後でも、掲示板には常に10枚以上はクエストが貼ってあった。


 アリスは自分のギルドプレートを取り出して、まわりに見られないように確認する。

 

 ギルドプレートは、冒険者になった者に渡される身分証のようなもので、これで冒険者ギルドのネットワークに参加する事ができる。

 例えば、危険なモンスターがいきなり現れた場合の緊急クエストは、このギルドプレートを通してクエストが発注される。


「3ヶ月の活動停止処分、ね。まあ、仕方ないかぁ」


 多数の命を左右する、重要度の高いクエストを個人的な理由で放棄したことによる制裁だった。


 とはいえ、追放され、顔と名前を晒されなかっただけラッキーだ。

 ギルドプレートを懐にしまって、木剣をよく見えるように帯剣し直す。


 さてと、やりますか。


「こほん」

「すぴーすぴー♪ もう食べれません♪」

「けふんっ、けふんっ!」

「っ?! ね、寝てまひぇんッ!」


 すっかり熟睡していた受付嬢が飛び起きた。


「わたし冒険者になりたいんですけど」

「ぇ、ぇぇと、え、あ、冒険者登録、ですか? わあ、すごい久しぶり……じゃなかった! そそ、それじゃ、こちらの用紙にまずは記入をお願いします!」


 すぐにお金が必要だった。

 活動停止処分の解除を待ってる余裕なんかない。


 もちろん、身分詐称など、時間が経てば、ネットワーク上の情報の矛盾でバレてしまう。

 今だけ切り抜けられればそれで良い。

 アリスは冒険者には戻れない覚悟を決めて、E級冒険者として新しく登録した。


「あれ? アリスってどこかで……」

「よくある名前です。これで良いですか?」

 記入用紙と銅貨を5枚わたす。


「あ、はい、問題ありません! それでは、アリス様、基本的なギルドのシステムの説明をさせていただきます!」

 胸を張って意気揚々と言う。


「だいたい知ってます。それより、クエストを受けても良いですか?」

「え、あ、はい、クエストならあちらに」

「壁紙でしょ? ちゃんと報酬の支払いが約束されてるクエストじゃないと受けれないわ」

「そ、そうですよね、すみません……あれ? でも、壁紙なんてよく知ってますね!」

「え? あ、まあ、それくらい、冒険者じゃなくてもね……」


 アリスはしらーっとして表情を崩さない。


(あーわたしのばかばか! 何さっそくボロ出してんのよ! もう!)


 内心は荒れ狂っていた。


 受付嬢は首をかしげ、ちょっと怪しみながらも、手元のファイルを漁り、E級冒険者がこなせるクエストを探してくれた。


「すみません、今のところE級冒険者の受けれそうなクエストはなくて……」

「わかったわ。それじゃ、一個上のD級のクエストをくれる? 大丈夫よ、わたしは鍛えてるから」


 原則的に自分の等級以上のクエストは受注できないものとなっている。ただ、頭数を揃えてクエストに取り組んだり、E級がD級のクエストを受けることは許されている。

 下位クエストならあまり問題視されないのは、D級程度なら、よっぽどの事がない限り命の危険はないためだ。


「すみません、実はD級クエストもなくて……」


 クエストが無い?

 そんなことある?


「それじゃあ……C級は?」

「C級クエスト……も、ちょっとないですね」

「……つかぬ事を聞きますけど、ここのギルドってクエスト依頼ありますか?」

「……」


 受付嬢は黙ってしまう。

 瞳はうるうるして、今にも泣き出しそうだ。


「私が悪いんじゃないんですよぉ〜!! うわぁああ! みんな依頼出してくれないからぁ〜!」


 ついには泣き出す受付嬢。


「な、何かあったんですか?」

「ぅ、ぅぅ、あの大怪蟲が出てから、この町は変わっちゃったんです……っ、ぅう!」

「大怪蟲……その話、詳しく聞かせてくれる?」


 ──しばらく後


 アリスは神妙な面持ちでギルドから出てくる。


「マーヴィ、今日も森でうさぎを狩ってくるから……って、あれ?」


 冒険者ギルドの横手にある厩舎へ足を運ぶ。

 マーヴィの姿がなかった。

 というか、クラリスとシュガーライクもいなかった。


 ここに馬を入れるように伝えておいたはずなのに。


「あれ?」


 乾燥草のうえで、白目を剥いて気絶している老齢の男性を見つけた。かなり思いきり殴られたらしく顔には青いアザができていた。


 嫌な予感がした。


「マーヴィ!!!!!」


 アリスは叫びながら駆け出した。

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