黒い獣、オブスクーラヴォルフ
※マーヴィの能力全般の呼称を、基礎体力から基礎ステータスに変更しました。タイトル、あらすじ、1話を修正しました。
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ロビンじいさんは、カーサス炭鉱で働く炭坑夫たちをまとめる現場責任者らしかった。
「まあ、北の入り口が開通したのは良いがの、坑道には、まだ黒い獣がいるんじゃ、おちおち中になど入れん」
「そうだった! 僕は無駄なことをしましたか?」
「む、そんな落ち込むでない。討伐が終わったら仕事をすぐ始められる。良いことじゃ」
炭坑夫たちが興味津々に見守る真ん中で、マーヴィは「黒い獣ってどんなのですか?」と聞く。
「剛毛に覆われたオオカミじゃ。黄色い目をしておる。ギルドはオブスクーラヴォルフと呼ぶが……知ってどうする?」
「それじゃ倒してきます! アリスにはやく会いたいので!」
「「「「え?」」」」
粋な炭坑夫に「これもってけ!」と大きなピッケルを渡されて、マーヴィはカーサス炭鉱山へ入っていった。
「ま、待て!!? 黒い獣は脅威度35のB級モンスター……って、もういない……」
「あいつ足も速いんだな……」
「この馬、預かっててやるか」
炭坑夫たちは唖然としつつも、先程の怪力を見ていたので「あいつなら、もしかしたら……」という、淡い期待を抱くのだった。
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──アリスの視点
暗い坑道を油断なく進む。
今回の討伐対象はオブスクーラヴォルフ。
B級に分類される危険なモンスターだ。
「ねえねえ、アリスちゃーん、せっかく可愛いんだからもっと笑ったらー?」
「喋らず集中してください」
「平気だって! こう見えても俺たち結構やるんだぜ? それよりさ、本当にA級冒険者なの? ひとりなんでしょ? だったら俺たちと組もうーよ! 絶対損はさせないからさ!」
D級冒険者の男は、安物の剣を片手に、白い歯を光らせながらアリスを口説いていた。
町の黒い獣討伐の要望に応えるため、カーサス冒険者ギルドは、町の冒険者パーティを総動員して、今回の緊急クエストを依頼していた。
あわよくばアリスと関係を持って、甘い蜜を啜ろうとするD級やE級の、業界を知らない駆け出しが混ざってるのはそのためだ。
C級やB級の冒険者たちは、ソロでA級をやってるアリスがどれほど偉大なのか察しているので恐縮して、声すらまともに掛けない。
雲の上の人だとわかっているからだ。
「ここから3班にわかれます。被害者が出たのは南の坑道でしたので、そっちは僕たち『蒼い棘』とアリスさんで担当します」
炭鉱でのクエストに慣れているカーサスのB級冒険者パーティ『蒼い棘』は、はオブスクーラヴォルフが出現する可能性を考えて、エリアを割り振っていった。
オブスクーラヴォルフに対して、十分な討伐力を持たないと思われるB級パーティひとつと、C級以下の冒険者たちが、数を揃えて北の坑道へむかった。
十分な実力を持つB級パーティとC級パーティ複数が、西の坑道へ。
全体を指揮するベテランB級パーティと、最大戦力のアリスで1番危険な南の坑道を探索する。
「では、改めて、本日はよろしくお願いします、アリスさん」
「僕たち足引っ張らないように頑張りますね」
「いえいえ、そんな畏まらず」
──しばらく後
捜索開始から1時間が経過。
オブスクーラヴォルフが現れた。
出現場所は──北の坑道だった。
そこは最も多くの冒険者が向かった場所。
そして、今は最も多くの尸が重なる場所。
「うわあああああ!」
C級冒険者は千切れた足を必死に抑える。
オブスクーラヴォルフのスキル『黒い咆哮』を喰らって、北の坑道には、泡を吹いて気絶した冒険者たちがそこら中に転がっている。
その中には、下級冒険者たちをまとめていたB級パーティの面々の息絶えた姿もあった。
「傷口を押さえてろ!」
負傷したパーティ仲間を引きずって、オブスクーラヴォルフから離れる。
4人からなるC級冒険者パーティ『呪術剣士団』は瀕死の状態に追い込まれていた。
「A級モンスター……っ、こんな強いなんて聞いてないのに!」
サブリーダーのマイヤは恐怖に涙を流しながら、懸命に仲間を守るために剣を持ち続ける。
「あっ! だめ! そっちは!」
リーダーのトゥーラは叫ぶ。
黄色い瞳が暗闇に軌跡を残して、ものすごい速さで移動した。
「来るなぁああ!!」
オブスクーラヴォルフは、仲間を守るために壁となっていたマイヤとトゥーラを飛び越えて、負傷したら仲間のもとへ直行、2名に襲いかかる。
目の前で惨殺される2人仲間に、マイヤとトゥーラは震えあがった。
「助けて、ぇえ! たす、助け、あ゛ぁあ!」
「やだやだやだ死にたくない! 死にたくない、ひぎやぁあああ!」
(こんなの聞いてない……っ! こんな強いだなんて!)
B級パーティ1つ。C級パーティ3つ。
そのほか、合わせて20名近い冒険者。
みんな黒い獣に殺された。
残ったのは『呪術剣士団』のマイヤとトゥーラだけだ。
「マイヤ、あなただけでも逃げて!」
「やだ! お姉ちゃんまで殺されちゃうよ!」
「このままじゃ2人とも死ぬだけよ! 南の坑道へ走ればマイヤだけなら生き残れるかもしれない! だからはやく!」
トューラは、彼女を守るべく行使できる最大の呪術『煉獄の印』を使った。
「かかって来なさい! 地獄を見せてあげるわ、バケモノ!」
「お姉ちゃん……っ!」
オブスクーラヴォルフが、剣を捨てたトゥーラへ一瞬で距離を詰めた。
『煉獄の印』それは、地獄派の呪術──死亡直後に高まる怨嗟の力を使った自爆技である。
負の感情を武器に変える呪術における、理論上最大の威力の技だ。
(道連れにしてやる!)
トゥーラは術式で、石炭から編み出した煉獄の短剣を逆手に持つ。向かって来たオブスクーラヴォルフへ思いきり突き立てる。
しかし、黒い獣は賢く、俊敏だ。
呪術師の渾身の一撃をかわして、かわりに頭突きをお見舞いした。
「うぐ!」
右肩に痛みが走る。視界は真っ赤。
トゥーラの腕は変な方向に折れていた。
黒い獣が鋭い牙が生えそろった口を開ける。
臓物から美味しくいただく気だ。
マイヤが息を呑む。
その瞬間。
煉獄の短剣がオブスクーラヴォルフの鼻頭に突き立てられた。捕食しようと油断した隙に、トゥーラが最後な力を振り絞ったのだ。
「腕の恨み……受けてもらうよ……」
黒い獣の身体が発火した。
地獄で苦しむ亡者たちの腕が、地面から生えてきて獣を地獄へ引き摺り込もうとする。
トゥーラは勝ちを確信する。
命の恨みよりは弱くなるが、腕一本でも、高威力の呪術を発動できる。
「っ、なんで!」
だが、オブスクーラヴォルフはただのモンスターじゃなかった。
亡者たちの腕を食いちぎって、全身を炎に飲まれながらも前進してきていた。
勝利の確信は、避けられない死へと変わる。
瞳をギュッと閉じるトゥーラ。
マイヤはトゥーラの体を包み込むように覆い被さり、最後の時をいっしょに迎えようとする。
二人の運命は終わっていた。
「あ、道が開けた」
彼が来なければ。
茶髪茶瞳、平凡な顔の男が、ピッケルで壁に穴を開けて出てきていた。
「僕は行き止まりだらけで、すごく困ったよ」
(だ、誰?)
オブスクーラヴォルフは、敵意を露わにして、牙を剥き出し威嚇をはじめる。
「アォォオオオーン!」
「あ、オラツクトリュフ」
突進してきたオブスクーラヴォルフを、その青年は受け止めた。腰を落として踏ん張る。
「おすわり!」
青年は、ムッとして、オブスクーラヴォルフを前足を取って持ち上げた。驚愕。そのまま背負い投げをして地面に叩きつけた。
顔から激突したオブスクーラヴォルフの顔は潰れた。そして牙は全損、白目を剥いて、血止まりのなかで、ピクリとも動かなくなった。
マイヤとトゥーラは共に「「…………え?」」と、阿呆な声を漏らすのだった。
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