炭の町カーサス


 アリスに乗馬を習っていたので、馬に乗ることはできた。決してうまくはなかったが。


「ここで休憩しよう! 水だよ、クラリス」


 一晩駆けて、ポライトから離れられた。


 クラリスという名の牝馬は、よく訓練されていて人を乗せるのに抵抗がなかった。


 くわえて、とても穏やかな性格だった。

 マーヴィとは相性がよかった。


 受付嬢に渡された地図を広げる。

 目指す場所はカーサス、アリスのもとだ。


「うーん、僕は法律を破ったから、悪い人になったのかな?」


 クラリスは答えてくれない。


「僕は善良な市民でないといけないんだ。悪いことはしたらダメだってお母さんが言ってたし」

「ひひーん」

「法律を破ったらすぐに悪い人になるわけじゃないかな? 悪い人ってなんだろう」


 クラリスとすっかり仲良くなった頃、マーヴィはカーサスに着いた。


 さほど急がずとも、ポライトから2日で着いてしまった。意外と近い。


 カーサスは炭の町と呼ばれている。

 石炭の生産地だからだ。

 ほかにも呪術師の名門『地獄派』の拠点があることで知られていたりする。


 カーサス炭鉱のふもとに作られた煙突だらけの町並みは、マーヴィにとって初めての光景であった。


「すごい! 煙があんなにたくさん!」

 冒険小説に出てきたススの妖精に似てる!

 

 フラフラと興味の向くままに、カーサスの町を探検した。クラリス「ひひーん!」とたしなめられて、本来の目的を思い出した。


 アリスを探さないと!

 

「こんにちは! アリスを知りませんか?」

 

 目についた男性に、ダッシュで駆け寄って、聞き込み調査をはじめた。


「おお!? なんでそんな勢いよく近づいてくんだよ?!」

「アリス! アリスを知りませんか! 探してるんです!」

「ああ? アリス? 聞かねえ名前だな。特徴を教えてくれてらもしかしたら……」

 男はハッとして、眉根を怪訝に歪めた。


「てめえ、さてはバカじゃねえか? おいおい、ふざけんなよ、気持ち悪い。話しかけてくるんじゃねえ!」

 マーヴィを突き飛ばして、去ってしまう。


 悲しい気持ちになった。

 でも、大丈夫だった。

 避けられる事には慣れている。


 その後、手当たり次第、見つけた人全員に話しかけた。アリスは凄い冒険者だ。きっとみんな知ってるはず。「アリスはどこですか!」と元気に質問した。


 マーヴィの精一杯の捜索だった。


 協力してくれる者はひとりもいなかった。


 日が暮れてきた。


「どうしよう、このままじゃ、アリスが見つからないよ」

「ひひん」


 クラリスの手綱を握り、市街地の真ん中で途方に暮れた。


 ずっと聞き込み調査をしていたせいで、もうすっかり「頭のおかしい奴がいるから気をつけろ」という雰囲気が町中にできていた。


「すみません! アリスはどこに──」


「うわ、話しかけて来た! こわっ!」

「やだ! きもーい!」


 若い女の人たちは、そう言って逃げていった。マーヴィは特段イケメンではない。とはいえ醜くもない。いたって平凡な顔だ。茶色い髪と茶色い目。日に焼けた健康的な肌色。


 そんな僕は怖いのかな?


 マーヴィは首を傾げた。


 その晩、マーヴィは路地裏でクラリスといっしょに寝た。お金が無いわけではなかった。

 ポライトで人助けをして貯めたお金を全部持ってきた。受付嬢もすこし渡してくれた。

 でも、宿屋に断られたのだ。町中の宿屋をまわったが、誰も相手にはしてくれなかった。


 翌朝、マーヴィは顔に水をかけられて起きる事になった。


「お前さん、どうしてこんなとこで寝てる?」


 薄汚れた顔の老人が覗き込んでいた。

 身体は頑丈そうでガッチリしている。


「おはようございます! 僕は頭が悪いから宿屋に泊めてもらえないんです!」

「ほう。それじゃ昨日噂になってた『能無し』ってのはお前さんかい」

 酒瓶と乾いたパンを差し出してくる。


「食べていいんですか? あ、お酒は飲めません。僕はまだ大人じゃないので!」

「酒なんてしばらく飲んでないのぉ。なに、中身はただの水さ」


 マーヴィは朝食を済ませた。

 お腹が満たされると幸福感に包まれた。


「どうして助けてくれるんですか? 僕は頭が悪いのに」

「なに知り合いにバカがいるのでな、慣れておるんじゃ」

 中身が水の酒瓶をあおる。


「とはいえ、大半は違う。この町には、バカに優しくできるほど、余裕がないんじゃ。悪いこたぁ言わない。はやく、出ていったほうがいいぞ。ここは居づらいじゃろ」

「それはダメです! 僕はアリスを探してるんです!」

「アリス?」


 特徴を告げる。

 海のように深い蒼瞳。

 煌めく黄金の髪。

 あと、世界で一番綺麗なことも。


「ああ、そういや、えらくべっぴんな女の子を見たなあ。剣を持ってたし、この町のもんじゃないから覚えてる。そうか、あのお嬢ちゃんがアリスかい」

 

 薄汚れた老人は、マーヴィにアリスが黒い獣を倒しに鉱山に入ったことを教えてくれた。


「黒い獣はこの土地固有のモンスターでな。べらぼうに強いから、現れた時は、いつも外から助っ人を呼ぶんじゃ」

「へえ!」

「わざわざ外の町から腕利きを雇ったてんだから多少は噂になるんじゃよ。にしても、お前さん、冒険者を探してるなら、ギルドに行けば良かったのにのぉ」


 言われて初めてマーヴィは気がつく。


 すごいぞ。このおじいさん、頭が良い。


「でも、もう過ぎたことですし仕方ないですね! おじいさん、炭鉱にはどうやって入れますか!」

「おじいさんって歳じゃない。わしはロビンじゃ。皆はロビンさんって呼ぶぞ」

「わかりました、ロビンおじいさん!」

「はあ、もういい。それで、鉱山に入りたいとな?」

「はい! 入りたいです!」

「今は無理だなぁ。討伐完了するまで、危険だから封鎖中ってわけじゃ」

「いつ入れますか!」

「さて、それは何とも……」


 ロビンじいさんに案内され、路地裏を通って、古びた坑道入り口へやってきた。入り口は崩落した岩石で塞がれてしまっている。


 まわりにはロビンじいさんと同じように、汚れた顔だが、屈強な身体つきをして男たちが、途方に暮れた様子でたむろしていた。


「黒い獣が出てこないよう、爆薬で入口をわざと壊したのさ。領主から対策を焦らされた、町長の対応ってわけじゃな。おかげて、ただでさえ炭が取れなくて困ってたのに、収入が途絶えちまったってわけさ」


 マーヴィは悲しげな顔をする。

 

 可哀想だと思った。


「わしら鉱夫は日がな水を飲んで酔うことしかできん」


 まわりを見渡す。


 みんな仕事がなくて困ってる。

 お金がない時、アリスや、受付嬢さんが面倒みてくれたくれたけど、この人たちは違う。


「まあ、そういうわけじゃ。今はカーサス炭鉱の入り口はどこも塞がっておる。諦めて待つことじゃな」

「おじさん、あの岩が邪魔でみんな困ってるんですね!」

「ん? まあ、お主にわかりやすく言うならそうじゃな」

「わかりました!」

「待て、何かする気じゃな?」

「腕力には自信があります!」

「聞いとらんわ」


 マーヴィは炭鉱の入り口に立ち、道を塞いでいる岩と仁王立ちして向き合う。


 すると、おもむろに拳を叩きつけた。


 凄まじい衝撃波が生まれ、瓦礫が吹き飛び、一撃で炭坑が開通した。


 その光景に、炭坑夫たちは目が飛び出るほど見開いて、口を開けっぱなしになってしまう。


 まわりからも爆音を聞いた者たちが集まって来る。


「火薬爆破が爆発したぞー!」

「ちげーよ! あそこの兄ちゃんが岩をぶっ叩いた音だ!」

「なんだ、なんだなんの騒ぎだー!」

「あ、ぁ?!」

「うそ、だろ? なんの冗談だ?」

「なんだ、あいつ、なんなんだあいつ?!」


「はい! これで通れますよ!」


 マーヴィは清々しい顔だった。


「なんちゅーパワー?! ぼうず、どこでそんな力を……」


 トレーニングに飽きたら散歩(爆走)をし、散歩(爆走)に疲れたらトレーニングをした。


 武芸の才能はない。

 魔術の才能もない。

 特別な能力もない。


 あるのは15個の努力の証パッシブスキルに裏打ちされた鋼の肉体だけだ。


 アリスが喜んでくれたから頑張った。


 マトモじゃこうはならない。

 バカにしかこうはならない。

 

 結果、マーヴィは健やかに育ち、人の限界を越えた最強の基礎ステータスを手に入れた。


「困ってる時はお互い様です! さっきはパンと水をもらったので今度は僕が助けました!」

「なるほど……ん? なるほど、か? まあいい、人助けはしてみるもんじゃな……」


 ロビンじいさんは、炭鉱入り口に立ち、満面の笑顔をうかべるマーヴィを見て「バカもバカにできんの」と見直したように言うのだった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る