第25話 消えた痕跡と、奇怪な孤児院


『いでででで! いてぇよユリン!』


 俺は折れた肋骨を固定してくれているユリンに抗議の声を上げる。


『もうちょっとだけ我慢して……よしっ。これでもう大丈夫です』


『……うぇ。魔術じゃない普通の治療なんてあんまり受けたことないからなぁ。やっぱり慣れねぇよ……』


 憲征軍けんせいぐん宮都西方きゅうとせいほう統括本部とうかつほんぶ。俺たちがいるのはそこだった。


 あれから俺たちは気絶したモヒカン男を連れて山を降り、そいつを軍に引き渡すためにここに来た。

 そしてついさっき男が目を覚ましたので、尋問が始められた。今俺たちは医務室にて、それが終わるのを待っている。


『でもごめんなさい。治療が遅れてしまったので、やっぱり火傷の跡は残ると思います……』


 ユリンが申し訳なさそうに目尻を落とす。


 炎の殴打をくらった俺の腹は皮膚がぐずぐずに溶けてしまい、毛細血管が剥き出しになっている。

 モヒカン男を倒した後すぐにユリンが治癒の魔術を施してくれたのだが、半分ほど治せた段階で彼女の魔力が底をついてしまい、残りの半分は山を降りてここにくるまで放ったらかしにしてしまったのだ。


『別にいいよ、こんなもん服着りゃ見えないし。それにこうして犯人を捕まえられたことを考えれば、この程度の傷なんざ気にもならないってもんよ』


『もう……』


 冗談めかして話す俺に、ユリンはくすりと微笑んだ。


 そんなことをしていると、医務室の扉がガチャリと開いた。


『やぁーごめんよ、待たせた待たせた』


『チャーリーさん。終わりました?』


『ああ、終わったよユリンちゃん。一応、な』

 

 入ってきたのは小太りの中年男。かつて俺が初めてゼルネア地区を歩いた時に出会った、チャーリーさんだった。


『でもなんでチャーリーさん、宮都にいたんですか?』


『軍は人手不足でね。本勤務地から別の部署に駆り出されるなんてのは、俺みたいな下っ端にしてみれば珍しくもないのさ』


 俺の問いに対し、彼はニカリとしながら答える。


『しっかしユウヤ・ナモセ君。なんで君は室内なのにサングラスなんかかけてんだい?』


『え、あ、その……電性眼炎にかかってまして……』


『? よく分からんが……まぁいっか』


 俺だって分からん。いい加減目を隠す理由を誰か教えてくれ。


『それよりチャーリーさん、あの男はなんと?』


 ユリンがそれに割り込むようにして、会話を本題に移す。


『ああ、名前はガムラン・ムラガン。29歳独身、宮都南部で鍛冶屋かじやを営んでいる人物だ』


 鍛冶屋……なるほど。それであんな魔術を使っていたのか。

 俺は自分の腹に触れながら、あのモヒカン男の炎の打撃を思い出す。


『事件についてはなんと話していますか?』


『それがな……どうにもおかしな話なんだ』


『おかしな話?』


 ユリンが聞き返すと、チャーリーさんはキレイにハゲ上がった前頭部をぽりぽりと掻く。


『覚えがない、記憶に無い。……何を聞いても、奴はその一点張りなんだ』


『え?』


『は?』


 俺たちはそろって同じ反応をする。


『事件に関する一切のことはもちろん、今日1日自分が何をしていたのかすらも全く覚えていない。奴はそう言っているんだよ』


『な、なんですかそれ! そんなのとぼけているに決まっている!』


『し、しかしなぁ。俺の見た感じではあるが、あの様子じゃホントに何も知らないようにしか……』


 声を張り上げた俺にチャーリーさんは困った表情を向ける。


『そ、そんな馬鹿な話が……!』


『……ユウさん、待ってください』


 すると、しばらく顎に手を触れながら何かをじっと考え込んでいたユリンが口を開いた。


『今回の事件の犯人は、なんらかの方法、まぁ魔術と考えるのが最も妥当ですが、それで子供たちに記憶を消すための暗示あるいは催眠をかけた。ですが私たちと戦っている間、そのガムランという男はそんなものは1度も使っていなかった……』


『は……!?』


 ……そういえば、あの男は炎を操る「雅爛がらん」の魔術しか使っていなかった……。


『ちょ、ちょっと待てよ! じゃああいつは犯人じゃないってのか!? あんなところに、あんな隠しエレベーターで降りたところにいた奴が、犯人じゃないっていうのかよ!?』


『いえ、それはまだ確定したわけではありません。ですが……』


『……ですが、なんだよ?』


『……もしかしたらガムランという人は、操られていたのかもしれません』


 は?


 あや、つられて……?


『……犯人が使うとされている催眠あるいは暗示。それを、子供たちとは別の方向に用いられて……』


『……なに……!?』


 そんなのいくらなんでも無茶苦茶だ……!


『お、おい……! もしそうだとしたら……』


 俺が言いかけ、ユリンは鼻筋にシワを寄せながらそれに続ける形で答える。


『ええ……。真犯人は、また別にいるってことになる……!』


『……そ、んな……!』


 腹の傷が、急にズキズキと痛み出す。



『ま、まぁ落ち着けよ2人とも!』


 見かねたのか、チャーリーさんが口を開いた。


『今、君たちが山で見つけたという地下への入り口に、調査のために数十人の兵士が向かっている。多分もうそろそろ山に到着している頃だ。ユリンちゃんが言っていた血痕も含め、そういう手がかりがまだその地下にはあるはずだ。いや、きっとあるさ。だからその結果を待つんだ』


 彼はそう言って俺たちをなだめる。


『…….はい、そうですね』


 ユリンはそれに応じたが、その顔には明らかな焦燥しょうそうが浮かんでいた。


 当然の反応だ。魔狂獣ゲブ・ベスディアエドメラル、そしてガムランとかいう男。それらとの戦闘という2度の危険を犯してまで辿り着けたと思ったものが、全てまやかしであるという大きな可能性が出てきてしまったのだ。



 そして。大した時間も経たぬうちに、その可能性は確定事項へと変わってしまった。



『ちゃ、チャーリーさんッ!!』


 医務室の扉が勢いよく開き、1人の若い兵士が入ってきた。息を切らし、ひどく焦っている。


『どうした!?』


『い、今、山に向かった調査隊から連絡がありまして! 山の下にある地下空間へ続くというエレベーターが、突然大爆発を起こしたそうです!』


『な、なんだとッ!?』


『エレベーターのみならずその周囲もがまとめて吹き飛ばされ、派遣された調査隊のうち5人が巻き込まれて死亡! 11人が重傷だそうです!』


『そんな……!』


 ユリンは声を上げて驚愕する。


『そ、それじゃあその地下へは!?』


『……もう、行けません……! それどころかおそらく、その地下空間も破壊されてしまっているでしょう……! 手がかりも何もかも、全て……!』


『くッ……!!』


 彼女は目を固くつぶり、歯を噛みしめた。


 やりやがったんだ、真犯人が……! 調査によって自分に繋がる何かが出てくるのを恐れて……!


 手がかりを……自分の足跡を全て消したってことかよ……ッ!


『くそォッ!』


 俺は悔しさに拳を握り、壁を強く叩いた。




* * *




『そうですか……そんなことが……』


 翌日、俺たちは再び孤児院を訪れていた。


 俺の隣に座るユリンから昨日起きたことを聞いたバイランさんは、眉間に深いシワを寄せる。


『しかし、そのガムランという人物がとぼけたふりをしているという可能性はまだあるでしょう?』


『はい、おっしゃる通りです。ですからその真偽を確かめるために、これからまたエミィちゃんに会わせていただけませんか』


 ユリンは机を挟んで向かいに座るバイランさんにそんなことを頼み込む。


『え、ええ。それはもちろん構いませんが、会ってどうなさるおつもりで?』


『ガムラン・ムラガンの写真を持ってきました。これをエミィちゃんに見てもらって、この写真の男を知っているかどうかを聞くのです。もし口では答えてくれなかったとしても、彼女がガムランを真犯人として知っているのならば、なんらかの反応を示すはずです』


『しかし、エミィが真犯人の顔を見たかどうかというのは……』


『はい、分かりません。しかし彼女のあの並々ならぬ怯えようは、真犯人そのものかそれに繋がる重大な何かを見たと考えるのが自然です』


『た、確かにその通りですな。失礼しました。あ、でも、その写真に写っている男の眼の部分だけは、ペンか何かで塗りつぶしていただけますかな? エミィは写真であろうと、他人の眼を見ることができないのです』


『分かりました』


 2人はしばらくそんなことを話すと、エミィちゃんのいる部屋に行ってしまった。

 俺はここ、応接室で待つことした。俺があの子のところに行ってもできることは何も無いし。


『……ちくしょう』


 悔しい。解決まで目前だと思ったのに。


 だが何か妙だ。真犯人が別にいるとしたら、どうやって俺たちがあの山に行って地下施設を見つけたということを知ったんだ? 

 ……俺たちは、見られていたのか? だがどうやって? まさか俺たちが山に行ったとき、そいつはこっそりその後を尾けて来ていたのか? いやあるいは____



『おにいちゃん、怪我してるの?』



『うおおッ!?』


 ソファーに座って思考を巡らせていた俺は、突然横から飛んできたその声に驚いた。顔を向けると、施設の子供が2、3人ほど、この応接室に入ってきていた。


『え、え? ごめん、聞いてなかった』


『おなか。おにいちゃん、包帯巻いてる。怪我したの?』


 先頭にいる男の子が、俺の腹を指差してそう言った。俺が自分の腹に目を下ろしてみると、シャツがめくれて下に巻いている包帯がちらりと見えてしまっている。

 昨日、肋骨を折られ、皮膚を焼かれたところだ。


『あ、ああ。ちょっと色々あってね』


『痛い?』


『まぁまぁ……かな?』


 小さい子と話すのは得意じゃない。どうにもぎくしゃくしてしまう。


 すると、それを聞いた男の子がぱっと明るい笑顔を見せた。


『じゃあさ! おれがおにいちゃんのその痛みを和らげてあげるよ!』


『は?』



 俺がその言葉の意味の解釈に困るのも束の間。その男の子は突然、自分の腹を自分で思いっきり殴りつけた。苦しそうな呻き声を漏らしながら。



『はっ!?』


『俺もやるー!』


『あたしも!』


 俺に驚き困惑する暇も与えず、その子の後ろにいた2人の子供もまた、同じように自分の腹を殴った。


『ちょ、おい! 何してんだ!?』


 腹を押さえてうずくまるその3人に慌てて駆け寄ると、最初にそれをやった男の子が苦痛に歪ませた顔を上げた。



『こうすれば……痛いのはおにいちゃん1人だけじゃないでしょ……? 痛い思いをしているのは自分だけじゃない……そういう気持ちが、痛みを和らげてくれるんだよ……』



 はぁ!?


 いったい何を言っているんだこの子は!?


『どう? 少しは痛いのおさまった……?』


『い、いや、別に……』


『じゃあ、もう1回……』


『ああ待て待て! おさまった! もう全然痛くないから! だからやらなくていい!』


『ホント? よかった!』


 俺は、立ち上がって再び自分の腹目掛けて腕を振りかぶる子供たちを慌てて制止する。


 何考えてんだこの子らは……! この子らなりの優しさのつもりなのか……!?


 俺は彼らのそのあまりにも奇妙な行動に背筋を冷やした。


『じゃあおにいちゃん! 痛くなくなったなら、おれたちと遊ぼう! 昨日はおねえちゃんとしか遊んでないし!』





 そう言われて引きずられて行った俺は、教室の中で20人以上の子供たちと一緒に折り紙をさせられている。


『ねぇおにいちゃん! これ見て!? すごいでしょ!』


『あー! 僕が先に見てもらうんだよー!』


『あたしのほうがすごいもん!』


 子供たちが次々と話しかけてくるが、俺はその声が全く耳に入っていない。

 さっきの子供たちのあまりに奇怪な行動。それが頭から離れないのだ。他人を思いやる心というのは何よりも大事なものだが、それにしたってあの行動は常軌を逸している。

 いったい誰があんなことを教えたんだ。あとでバイランさんに言って、やめさせてるようにしてもらわないと。


『いたっ』


 そんなことを考えていると、俺の前に座っていた女の子が、折り紙の端で指を少し切ってしまった。


『あ、大丈夫?』


 見てみると、皮膚の表面に5ミリほどの長さの切り傷ができており、そこから血がちょっぴり出てきている。

 この程度の傷なら、ユリンが2秒で治せる。


 俺がそう思った、その時だった。



『ねぇみんなー! マリアちゃんが指を切っちゃいましたー!』



 俺の後ろにいた子が、教室内にいる全員に向けてそう叫んだのだ。

 そして次の瞬間。



『じゃあみんなで一緒に、同じところを切ろう!』


『おー!』



 その子の隣にいた子が続いてそう叫び、それに教室内の子供たち全員が呼応した。


 俺が理解に苦しむ中、なんと子供たちが全員、自分の指の皮膚をハサミやらカッターやらで切り始めたのだ。


『ちょ、ちょっと! 何してるんだ!?』


 そんな俺の声もまるっきり無視して、彼らはひたすらに自分の指を傷つけていっている。


『おいやめろッ! やめろって!』


 耐えかねた俺は1人の男の子の腕に掴みかかり、その行為をやめさせようとする。

 しかしその子は俺の手をばしりと払い除けると、感情のこもっていない、どこか虚ろな口調で話し出した。


 

『そっちこそやめてよ、おにいちゃん』



『……なに……!?』


 幼子とは思えないほどの、冷たく無機質な視線。俺は思わずたじろいでしまう。



『僕らはみんな平等でなくちゃならないんだ。誰か1人だけが怪我の痛みに苦しむなんて、そんなの不公平じゃないか』



 すると今度は別の子が口を開く。



『そうだよ。みんなで分かち合えばいい。1人あたりの痛みも恐怖も、10人で分ければ10分の1に、100人なら100分の1になる。これは助け合い。僕たちは、仲間同士で支え合っているんだよ』



『おにいちゃんはそれを邪魔するの? ぼくたちの助け合いを邪魔するの?』



『おにいちゃんは不公平を許すんだ。そんな人だったんだ。ひどいね。なんてひどい人なんだろう』



『ひどい人はキライ。あたしたちは、ひどい人がキライなの』



『でも、だいじょうぶ。今ここでちゃんと反省すれば、ひどい人じゃなくなるよ。さぁ、それを示そうおにいちゃん。一緒にマリアちゃんの痛みを和らげてあげよう?』



 その子供は、俺にカッターを差し出しながら近づいてくる。他の子供らも、徐々に、徐々に。

 


『さぁ』


『さぁ』


『さぁ』


『さぁ!』



『な……な……!?』


 俺は後退あとずさり、彼らから逃げようとする。

 俺は今、恐怖している。行動ももちろんだが、何より彼らの眼がどこかおかしい。俺を見ていない。視線は俺に向いているのだが、瞳に俺が映っていない! 

 

 なんなんだよ、こいつらは!?


『うわっ……!?』


 そのまま後ろに下がり続けていると、背中に何かがぶつかった。恐る恐る首を回して見てみると____

 


『……どうされた。なにをそんなに怯えておるのですかな?』



 そこにいたのは、初対面時の柔和な雰囲気がまるで嘘であったかのように感じられるほどに不気味な笑みを浮かべた、バイランさんだった。

 

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命を絶たせて、肉を切る @miyabi1945

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