第24話 身を挺した決定打


『ひゃアッ!!』


 モヒカン男が腕を振るうのに合わせて炎が勢いよくうねり出し、俺たちに向かって襲い掛かってきた。


『くおッ!』


 俺たちは同時に飛び退いて回避……したと思いきや、わずかな間も開けずに2撃目が、それを避けてもまた3撃目が迫ってくる。


 早い。そして何より、なんと滑らかな火の奔流ほんりゅう。暗闇の中でなびくそれは、この上ないほどに映えている。なんと美しく、なんと猛々たけだけしい。風になびく羽衣のようでありながら、激しく荒ぶる太いむちにも見える。


 しかしそんなことを考えている場合ではない。避けることに専念しなくては。

 だが逃げてばかりでも奴は倒せない。なんとかして隙を見つけることもしなくては……!


 そのまま俺たちが毎度すれすれで躱していると、モヒカン男は目の焦点が合っていない状態で狂ったように叫び出した。


『ちょろちょろすんじゃねェよォォ! 避けるんじゃねェよォォ! それは! それはそれはそれはァァ!! 生意気なこと、なんだよォォォ!!』


 そしてなんと、これまでの炎の魔術を10撃以上も同時に放ったのだ。全て一斉に、俺たちに向けて放ったのだ。


『は!? おいウソだろ!?』


『ユウさん! 私の後ろへ!』


 驚くのも束の間俺がユリンの言う通りにすると、彼女は魔術による防壁を展開し、その攻撃の全てを受け止めた。

 炎が防壁に激突した瞬間、周囲に凄まじい熱波が拡散する。眼球表面の水分があっという間に蒸発して目をまともに開けていられなくなり、唇も乾いてピリッと割れてしまう。


『く……!』


 ユリンは歯を食いしばり、額に汗を浮かべながら炎を止めている。

 エドメラル戦での防壁魔術の使用、さらにその後に行った俺の腹の傷への魔術式治療によって、彼女は自身の魔力を半分以上も消費してしまっていた。

 いくら彼女の盾が強靭であろうとも、エネルギーは無尽ではない。現に彼女は今、節約のために残り少ない中から最低限の魔力だけを使って防壁を生み出している。つまりこの防壁の強度は、普段よりも格段に落ちているのだ。それでもなお防ぐことができているのは、一重に彼女の繊細な技術にるものだった。


 だが渾身の連撃をも凌がれた男は、いよいよ怒りの興奮を頂点に達せさせた。



『おいィィィィ!? あれだけ言ってもまだテメェらは生意気なのかァァァ!? 俺がこぉんなに注意してやってるのによォ……! ……もういいッ! 分かった! どうしようもなァいッ! 言うことを聞きけない悪ガキはァァァしてやるゥゥゥ!!』



 そして男がそう言ったのと同時に、ユリンの背後でかがんでいた俺の足元の床が赤く染まっていった。


『なにッ!?』


 気づいた時はもう遅かった。



 次の瞬間、その床が割れ、そこから炎が勢いよく飛び出してきたのだ。



『うわあああああッ!!』


 あまりにも予想外の、突然の攻撃。さらに俺は熱波による乾燥に耐えきれず目を半開きにしていた。無論、避けられるはずがない。

 俺はその炎の直撃を腹にくらってしまい、弧を描きながら吹っ飛ばされてしまった。

 

『ユウさ____ッ!?』


 そして間髪入れずにユリンの足元からも同じように炎が現れる。

 しかし彼女はギリギリのところで地面から飛び上がってそれを回避できたので、靴の爪先にほんの少しかすっただけで済んだ。経験によって研ぎ澄まされた反射神経。彼女と雄弥の差はそれだった。



『ぐあああああああァァァァーッ!!』



 吹っ飛ばされて床に叩きつけられた雄弥は、腹を押さえながらその激痛にのたうちまわっている。彼の腹部はじゅうじゅうと音を立てており、着ていたパーカーが皮膚と癒着してしまっていた。


 だが、奇妙なことがひとつ。彼が今苦しんでいるというのは、火傷によるものだけではないのだ。


『ユウさんッ!!』


 ユリンは彼のもとに駆け寄り、その腹に手を触れる。


『……えっ!?』


 その時、彼女は明らかにおかしなことに気がついたのだ。

 雄弥がくらったのは炎である。熱を発し、物体を燃やす・焼くためのものである。そう、ためのもの、そのはずである。そのはずなのだが____



『どうして……!? あばら骨が折れている……!』



 そのことは雄弥自身も激痛にもがきながら理解していた。炎をくらったことで自身の肋骨が折れたことを。


 そもそもくらったのが炎なのに、彼の身体が吹っ飛んだ、というのも十分におかしい。炎は物体を燃やすことはできても、動かすことなどできはしないではないか。

 それがどうしたことか。奴の炎は床を破壊し、さらには雄弥の肋骨を砕いたのだ。



 お、俺は今……! ……っていうのか……!?

 


『どぉ〜だァァァ!? 効くだろォォォ!?』


 その様子を見ていたモヒカン男が、狂喜の表情を浮かべながら声を上げる。



『打撃と焼撃しょうげきの融合ォォ! 叩きながら焼き、焼きながら叩くゥゥゥ! これこそがこの俺様の「雅爛がらん」の魔術特性の術式! 「火錬丁かなづち」だぜェェェェーッ!!』

 


 んなの……ありかよ……ッ!


 雄弥は地面にうずくまりながら、心の中でそう呟く。

 

『……ッ!』


 ユリンはそんな彼を庇うように前に立つが、彼と自分の身を同時に守りながら目の前にいるその男を倒すなど、いくら彼女といえども1人では不可能だ。


 しかも、モヒカン男は自分をかこうように、自分の周りに柵を張り巡らせるように、炎を発生させている。よって近づくことすらままならない。

 かといって防戦一方ではいずれ彼女の魔力が尽き、2人まとめて焼き殺されてしまう。


『ユリン……どいてくれ……! 俺の「波動はどう」で、奴をあの炎ごとブッ飛ばしてやる……!』


 腹を押さえ激痛に全身を痺れさせながらもなんとか立ち上がった雄弥が、背後からユリンの肩に手を置く。

 確かに彼の言う通り、この状況であの男を倒すにはそれしかないだろう。……しかし。それすらもできない理由があったのだ。


『ダメです、ユウさん……! ここは地下なんです。あなたの高威力の「波動」をこんなところで放ったら、たちまち天井や壁が崩壊して私たちは生き埋めになってしまう……!』

 

 ユリンは悔しそうに唇を噛み締める。



『いひィーッひひひひひひィィィィ! その通りだぜェェ! 俺みたいに床の下から攻撃でもしねぇ限り、テメェらにはどうしようもねぇのよォォォォ!!』



『や、野郎ォ……ッ! 舐めやがって……!!』


 冗談じゃない、どうしようもないだと!? あんなゲスに負けるだと……!? あってはならないぞ、そんなこと!


 だがどうすればいい。遠距離からの攻撃はできない。近づいて直接のブチのめそうにも、炎のせいで叶わない。


 くそッ! 強大な魔力が逆に足を引っ張るなんて! なんでもデカけりゃいいってもんじゃないってことかよ……! 


 このまま、また奴に吹き飛ばされるのを待つしかないってのかよ……ッ!?

 


『……え?』



 吹き……飛ばす? 



 ……そうだ、それだ! それだッ!


 

『ユリン……!』


 俺は隣にいる彼女に近づき、モヒカン男に聞こえないよう、小声で話しかける。


『は、はい……!?』


 彼女もなんとなく俺に合わせたのか小声で返事をした。



『聞いてくれ。思いついたんだ、奴を倒す方法を……!』



 雄弥はそのまま彼女の耳元でぼそぼそと話していたが____


『……ええッ!?』

 

 何を聞いたのか、ユリンが声を上げて驚愕する。


『手を貸してくれ……! 頼む……!』


『だ、ダメですよそんなの! 危険です! 一歩間違えたらあなたは……!』


『無茶は承知だ……でももうそれしかないだろ……うぐぁ』


 雄弥は腹の痛みに呻きを漏らす。


 ユリンはしばらく目をつぶって悩んでいたが、やがて静かに瞳を見せた。


『……分かりました、やりましょう……!』


『よっしゃ……じゃあ、あとは任せたぜ……!』



『おォォォいッ! なァーにをこそこそしてやがんだァァァァッ!!』



 モヒカン男がそう怒鳴ったのと同時に、雄弥は前へと歩き出した。男が生み出している炎の柵の少し手前まで。



『ああ……悪かったな。てめぇの悪口を言い合ってたんだよ……!』



 そして何を考えたか。腹の痛みに息を切らしながら、炎の先にいる男に対して挑発を始めたのだ。当然、奴がこんなことを言われて黙っているわけもない。


『……んだと、コラ。俺様の悪口だァ……?』


『ああそうだよ! 散々威張り散らかしている割には全ッ然大したことのねぇ、口だけの勘違い自惚れ野郎だってなァァァ!』


 雄弥はそう叫び、すぐに苦しそうにごほごほと咳き込んだ。腹から声を出すほど、折れた肋骨がぎりぎりと悲鳴を上げるのだ。


『てめぇの魔術……「火錬丁かなづち」とかいったか? 確かに地面の下から襲われたのには驚いたが、威力は全く大したことねぇ! カイロを当てられたのとなんら変わらねぇよ!』


『ほざァァくんじゃァァねぇよ! そぉんなふらふらの状態で強がりやがってェェェェ!』


『だが俺はこうして立っているだろうが! 腹への直撃をくらった俺が、こんなピンピンしてんだぜ!? これをザコと呼ばずしてどうするよ!』


『なぁぁにィィィィィィィィ……!?』


『あぁ〜あ、安心したぜ! この程度の魔術なら何発くらったって死にやしねぇからな! いや、次は当たりもしねぇ! 地面から俺の腹を狙ってにょっきり出てきたところを、あくびでもしながら避けてやるぜ!』



 それからしばらく、沈黙が腰を下ろした。



 ユリンは雄弥の後ろで汗をぽたりと垂らしながら、その成り行きを見守っている。


 雄弥は肩で息をしながらも、男をその瞳にしっかりと捉えている。


 そして、そのモヒカンの男。雄弥と怒鳴り合っていた時の剣幕が嘘であったかのように黙り込み、少々うつむいている。


 彼の周囲では炎が変わらず立ち昇っている。と、その時。


『……そうか』


 男が、口を開いた。落ち着いた静かな調子で。



『だぁぁぁッたらァァァァ!! やァァァァッて見せろよォォォォォォ!!』

 


 しかしそれも最初だけ。男はそのまま地面に手をついた。


火錬丁かなづちィッ!!』


 そして気がついたときにはあっという間に雄弥の足元が赤く染まり____



『が……ッ!!』



 またしても、彼の腹に直撃。雄弥は先ほどよりも高く、真上に近い方向へと打ち上げられてしまった。


『ぎひゃァァァァァッはっはっはっはァァァァ!! 口だけなのはテメェの方だったようだなァァァァ!! 生意気だから! 生意気だから! 生意気だからだからららららァァァァ!! そぉんな目に合うんだよォォォ〜!!』


 男は歓喜の声を響かせたのち、ユリンに対して目を向ける。


『残るはテメェ1人だなァ……! テメェを殺せば終了ッ!! 俺様の勝ちだぜェェェェ!!』


 しかし。そんな男に対し、彼女はただ一言こう言った。



『……いいえ。あなたの、負けです』



『あァ!? 何言って……』



 その瞬間。男のすぐ背後で、音がした。何かが床に落ちてきたような音。



『……は?』


 男がそれに反応して振り返ってみると____



『ああそうだ……! てめぇの負けだ……』



 苦痛に少々顔を歪ませながらも不敵な笑みを浮かべている雄弥だった。


『なあッ!? テメェなんで____』


 男が疑問を叫ぼうとしたその一瞬、雄弥は男の身体に掴みかかると、渾身の力を込めながら背負い投げの要領で男を持ち上げ、地面に思いっきり叩きつけた。


『おごあァッ!!』


 あまりの勢いに男の身体は1度地面を軽くバウンドし、どさりと仰向けに倒れた。


 男は完全に白目を向き、身体を弛緩しかんさせた。やがて、部屋を照らしていた炎は種のひとつも残さず消えてしまった……。




『うぐ……ッ!』


 いよいよ耐えかねた俺は地面に膝をつく。

 炎が消えたことで再び真っ暗闇になってしまったが、すぐにひとつの光が現れる。ユリンが懐中電灯をけたのだ。


『ユウさんッ!!』


『おー……』


 駆け寄ってきた彼女に対し、かすれた声で返事をする。


『大丈夫ですか!?』


『ああ、平気平気……。お前の盾が守ってくれたからな……』


『まったくあなたという人は……! 滅茶苦茶なことをしますね……!』


『そうでもない……現にうまくいったじゃんか……いでで』


 つまり、俺の作戦はこうだった。


 わざと敵の「火錬丁かなづち』をくらうことで空中高くに飛び上がり、炎の柵を乗り越えて敵のもとに行く……というものだ。

 ユリンの盾を俺の腹のところにつくっておくことでダメージを無くす。また、うまく敵のいるところに着地できるよう、攻撃を受ける直前にその盾の角度を調節し、打ち上げられる角度を調整するのだ。


 しかしこの作戦を達成させるためには、「火錬丁かなづち」を地面から、つまり真下から撃ってもらうことと、その一撃を俺の腹にくらわせる必要があった。

 そのための、挑発。地面から仕掛けてくるように、腹を狙ってくるように、敵を挑発した。幸いにもあの男は分かりやすく怒りっぽい性格で、それもかなりプライドが高そうだった。「生意気」を連呼するあたりから、俺はそう考えた。


 それでも万が一腹以外を狙われていれば、あの男が冷静さを少しでも持っていれば、俺は完全におしまいだった。1撃くらっただけでグロッキーなのに、2撃目など、ましてや頭などに直撃を受けたら耐えられるはずがない。

 


『……今回だけですからね、こんなこと。もう無茶は許しませんよ』


『へへ……とは言ってもな……。俺みたいな頭の悪い奴には、身体を張る以外に誰かの役に立てる方法なんかないしな……』


『とにかくもうダメッ! いいですね!』


『わ、分かったよ……!』


 俺は彼女のそのあまりの剣幕に思わずたじろぐ。

 が、彼女はひとつため息をつくと、にこりと笑顔を浮かべた。


『……お疲れ様でした。ユウさん』


 そして、俺の前に右のてのひらを差し出した。


『……おう!』


 俺はそれを、自分の左手でパチンと叩いた。


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