第23話 思わぬ遭遇


 いったいどれほどの距離をくだったのか。ようやくエレベーターが停止した。


『やっと着いたか……長すぎだろこのエレベーター……!』


『ええ……。標高400メートルから0メートルまでどころか、そこすらも飛ばしてさらに地下にまで降りてきてしまったようですね……』


 エレベーターの出口からちらりと外を覗いてみるが、真っ暗で何も見えない。物音も全く聞こえない。それどころか、俺たちはすぐ近くにいるはずのお互いの顔すらも確認できない。


『……お、おいユリン。どうすんだ?こんなに暗くちゃ1歩も進めないぞ』


『大丈夫、ちょっと待ってくださいね』


 そう言うと彼女は俺の隣で何やらごそごそし始める。持ってきたカバンをいじっているみたいだ。


『ええと……あ、あった』


 すると、突然エレベーターの中に明かりが灯った。ユリンが小さな懐中電灯をけたのだ。


『へぇ、よくそんな物持ってたな』


『兵士という仕事柄、いつ何が起こるか分かりませんからね。備え無き者にうれいあり、現場でそんなことになっては冗談では済みませんから』


 そして彼女はそのまま、エレベーターの外を照らす。

 

 俺たちの目に映ったのは、石の壁、石の床、石の天井。道だ。そこには道があった。床の幅はおよそ5メートル、天井までの高さもだいたい5メートルだ。


『……これならエドメラルのようなデカブツも余裕で通れるな』


『ええ。奴がここから来たのはもう確定ですね』


 地形はあらかた把握できたし、これなら先に進めそうだ。

 しかし。懐中電灯といってもペンライトとほとんど変わらない大きさのものだ。照らせる範囲がとても狭いので、死角はいくらでもできてしまう。

 忘れてはならないのは、この先に必ず誰かがいるということだ。連続失踪事件の犯人、その人が。暗闇にじっと身を潜ませているのだ。 


 もし、もしそいつが、突然襲いかかってきたりしたら____

 俺は掌にじっとりと汗が浮かぶのを感じる。何が出てくるか分からないという、全身の動脈が1度に締め付けられるような恐怖。


『……大丈夫ですか』

 

 そんな俺のことを見かね、ユリンがそっと声をかけてくる。俺は慌てて我に帰る。


『あ、ああ。大丈夫大丈夫。だから俺にここで待ってろなんて言うんじゃないぞ』


『今さらそんなこと言いませんよ』


 彼女は口元を軽く緩めて小さく笑い、そしてすぐさま目つきを鋭く尖らせる。頼もしく、勇ましく、そして少々おそろしい。それは紛れもない、兵士としての顔だった。


『行きましょう。私が前を歩きますから、ユウさんは後について来てください』


『……おう……!』


 俺は喉をごくりと鳴らしつつ、返事をした。



 かつり、かつり、と。1踏みずつ静かに歩を進める。


 道は思っていた以上に長い。すでに50メートルは進んだが、一向に地形が変わらない。


 進めば進むほど、どんどん暗闇が深いものになっていくように感じる。


 自分の荒い呼吸音がよく聞こえる。心臓の鼓動音は、そのさらに倍の大きさで聞こえる。


 いつになったら道が終わるんだ。もう終わるだろ、さすがにもう終わるはずだ、頼むからもう終わってくれ。



 そんなことばかりを考えていると、前を歩いてたユリンが急に立ち止まった。俺はびくりと身構える。


『な、なんだ!? どうした……!?』


『……見てください、これを』


 彼女はかがんで床を照らしている。そこに目を向けると、何やら小さな黒点があった。


『……? ただの汚れじゃないのか?』


『いいえ。これはおそらく血の痕です』


『なに……!?』

 

 ユリンがその黒点を爪で引っ掻いてみると、ぱりっと床から剥がれてしまった。


『乾き切っている……それも1日や2日前のものじゃない……』


『……おい。じゃあこの血は……』


『はい。検査を行ってみないとはっきりとは分かりませんが、私たちの予想に当てはまるのであれば、行方不明になった人のものである可能性が高い……』


『……そ、うか……』


 だとするならば。あの20数人の子供たちの親御さんたちは、やはりあのエドメラルに喰われてしまっていたのだ。もうすでにこの世にはいないのだ。あの子供たちは、あんな歳で……天涯孤独となってしまったのだ。

 親御さんたちだって、もっと我が子の成長を見たかっただろうに。家族の団欒だんらんを楽しみたかっただろうに。子供が自立した後は、老後を思いっきり謳歌おうかしたかっただろうに……。

 それを……こんな残酷なやり方で、その機会を奪われたというのか……!

 

 俺の中で、怒りが暗闇に対する恐怖を圧倒的に上回った。無意識のうちに拳が固く握られ、歯がぎりぎりと食いしばられる。


 その時だった。



 かつん、と、音がした。俺たちの行く先から、その方向から、音が聞こえてきたのだ。

 


『ッ!?』


 俺たちはすぐさま顔を、かつ、ユリンは手に持っている懐中電灯を前に向ける。

 誰かがいる。いや、そんな曖昧な表現はもはや必要ない。

 犯人だ。全ての元凶が、すぐそこにいるのだ。


『野郎……ッ! コソコソしやがってえッ!!』


『ゆ、ユウさん、待って!』


 俺は思わず走り出した。ユリンの静止も無視して。


 どう我慢しろというのだ。こんなむごいことを平然と、それも何度もやってのけてしまうようなゲス野郎が、すぐ近くにいる。怯えて抜き足差し足などやっている場合であろうか。

 いな! 絶対に違う! 

 

 そのまま俺が走って行くと____

  


『ひひ……ひひひ……ひひひひひひひ……』



 そこの暗闇から不気味な笑い声が聞こえてきたのだ。……若い男性のものだ。



『ひひひひひ、ひひひひひ、ぐふひひひひひひ……』



 俺は脚を止める。そして、その音の出所を探るためにじっと耳を澄ませる。



『ぎひひひ、ぐふ? ぐふひ? げひひひひ……!』



『おい! どこにいやがる! 姿を見せろこのクズ野郎!』



『あひ、あぎひ、あぎィーッひっひっひっひっひ!』



 怒鳴り声をあげても、反応はない。



『ユウさんッ!! あなたのすぐ目の前ですッ!!』



『は!?』


 そして俺を追ってきたユリンがそう叫んだ、その瞬間____


『うわああぁあッ!?』


 突如、俺の目の前で火が上がったのだ。大きな、大きな、大きな火が。

 それは一瞬のうちに周囲に広がっていく。


『ぐあっぐ! あちぃッ!』


 俺は慌てて距離を取り、服に燃え移っていた火を叩いて消した。同時にユリンが追いつき、俺の隣に並んだ。


『大丈夫ですか!?』


『あ、ああ! こんなもんなんともねぇ!』


 やがて炎による明かりで、今いる場所の地形がはっきりと見えてくる。


 ここは開けた空間だった。天井までの高さは10メートルほどで、床の面積はテニスコート4つ分といったところか。


 そして、その中央で渦を巻き上げている炎。その渦の中心にいたのは____



『ぎィィィィヤーッはははははは!!』



 溢れんばかりの狂気を込めた甲高い笑い声を上げる、男の姿だった。



 明らかに見覚えのある者だった。

 180弱の身長。外見年齢は20代後半から30代前半。肩幅も広く、がっしりとした体型。鼻と唇に光るピアス。……そして何より、ニワトリを彷彿ほうふつとさせる真っ赤なモヒカンヘアー……。



『な!? こ、こいつは!?』


『駅前で会った……!』


 俺たちは同時に驚愕の声を発する。

 そう。そいつは、駅前で俺にわけの分からない因縁をつけてからんできた、あのモヒカン男だったのだ。



『ヒャーハハハハハハハハァァァー!!』



『こいつが犯人だったのか……!』


 頭のおかしい奴だとは思ったが、よもや人殺しをするほどだとは思わなかった。


『ユウさん、気をつけて! この炎は魔術! 「雅爛がらん」の魔術です!』


 炎がごうごうと音を立てる中、ユリンが大声で俺に話しかける。


『やっぱりこれは魔術か! しかもこいつが今回の事件の犯人なら、催眠とかの魔術も使うんだろ!?』


『ええ、そのはずです! 一筋縄じゃいきませんよ!』


『一応聞いておくけどよ! まさか危ないから帰れなんて言わないよな!』


『言いませんッ! 駅前であった時みたいな手加減ももういらない! この男は、ここで確実に逮捕します!』


 ユリンの表情はまさにナイフ。睨みだけでそのへんの草を刈れそうなほどに鋭利なもの。さらに彼女の怒りが、それに磨きをかけている。

 今回の残虐な行為に怒りをたぎらせているのは彼女も同じなのだ。


『おうよ! そうこなくちゃな……!』


 俺たちは身を構え、臨戦態勢に入る。



『……あ?』



 すると、男が急に笑い声を止めた。そして真顔のまま目玉だけを上下左右に動かしたと思うと、やがて俺たちを瞳の中に捉えた状態で停止させた。



『……なんだァ、テメェら……!? なァーに人のことじろじろ見てやがるんだよ、あァ? ……そうか、生意気か! テメェら生意気なんだなァァァァ!?』



 

 

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