第14話 抗う術を持たぬ者 尚も地を踏む無法者

 俺は、1人で街を歩いている。

 何か目的があるわけじゃない。広場に行った後から少しの間ぼーっとして、気がついたらここにいただけだ。それにここと言っても、どこなのかさっぱり分からないのだが。


 街道はガス灯に照らされて琥珀色こはくいろに染まっている。真夜中だからだろう、道路には時折車が走るのを見かけるが、人通りはほぼ皆無だ。

 だが道の両脇に並び立つ石造りのビルの窓のほとんどには明かりが点いている。残業……だろうか。どこの世界でも、社会人の過ごし方は変わらないらしい。



 ……そういえば俺が転移した日の夜も、母さんは残業があるってイライラしていたな。母さんと父さん……あれからどうしているんだろう。

 別れのひとつも言わずにここに来たよな。俺がこの世界に来てもうかなり経つ。心配、しているだろうか。

 いやない、ないな。絶対にない。むしろスッキリしてるんだろうな。歯の間に挟まった長ネギの繊維を取り除けた時みたいに。2人からしてみれば、厄介者が勝手にいなくなってくれたんだ。こんなに喜ばしいことはない。

 

『……痛え』


 俺の両腕は一切の力が入っておらず、だらりと垂れ下がっている。左腕は頑張れば少しは動くが、右腕は感覚が全く無い。今も血がぽたぽたとしたたり続けている。

 本来ならばもっと叫びたくなるような激痛のはずだが、圧倒的な虚無感に溺れている俺の意識には怪我のことなど二の次だった。


 考えれば羞恥が芽生え、羞恥がさらに思考を深め、それが更なる羞恥を呼ぶ。



 恥ずかしい。本当に恥ずかしい人間だ。

 自分は本当はできる奴なんだ。今の自分が力を発揮できないのは環境や周りの人のせいだ。自分に相応しい場所と機会さえ与えてくれれば、自分は輝けるはずなんだ。

 俺はこれまで、自分のことをそんなふうに考えていたんだ。


 そんなのは自分の力量不足の理由を周囲に転嫁する甘ったれの言い訳に過ぎない。本当に有能な者というのはどんな環境に身を置こうと、そこで自分に出来ること、自分が役に立てることを必死に探す。そしてそのために死に物狂いで努力をする。

 ……なんでこんな当たり前のことを忘れていたんだ。


 俺はどうだよ。自分の欲求を満たすこと、目立つことばかりを考えていたんだ。しかも自分自身の力ではなく、降って湧いた貰い物の力に頼ってだ。

 その挙句に人の命まで奪いかけ、それを反省しようともしなかった。


『……最低……』


 自分が弱者であることを裏付ける事実なんて腐るほどあったし、自覚も十分しているつもりだった。でも心のどこかで、「できる自分」の偶像をつくっていたんだ。それが本来の自分であると信じたかったんだ。

 その結果がこのザマだ。能力どころか、人間性の欠如まで丸見えになった。……こんな気持ち悪い人間がいるなんて知りたくなかったな


『う……』


 痛みを意識の彼方に置いているとはいえ、身体の方はそうはいかない。放置していた出血に目眩を引き起こされる。

 くそ、立っているのも辛くなってきた。ここがどこなのかも分からないのに行き倒れになるのはまずい。どこか休める場所は……。


 ……いや、ここがどこなのか知っていても何になる。こんな奴に居場所なんてあるわけないのに。どこだって一緒だ。ここでも……もとの世界でも。


 遂に足が止まる。視界がチカチカと点滅し、少しずつ暗くなっていく。身体が前に、ゆっくりと傾き____



『…………あ?』



 止まった。倒れかけた身体が止まった。前方向に倒れようとした身体が、45度の角度で止まった。

 足に力は入っていない。俺が自分で止めたのではない。

 なんだろう。あたたかい。何か、あたたかいものに支えられている。これは、いったい……?



『……もう。1人で外に出ちゃダメと言ったでしょう』



 ぼやけた意識の中に染み込んでくる、柔らかくも張りのある声。静かだが、芯の通った声。それは俺が知っている人のもの。


『……ユリン……?』


 俺はユリンの右肩に自分の顎を乗せる形で寄りかかり、彼女は両手で俺の身体を抱きとめていた。 


『お説教は後回し。まずは早く出血を抑えましょう』

 



 近くの公園に行き雄弥そこにあったベンチに座らせらせたユリンは、彼の腕に触れて治療を始めた。


 公園、といってもブランコや滑り台などの遊具らしきものは何も無い。固い地面に軽く砂が敷かれた小さな場所で、敷地の中央にひとつだけガス灯が立っている。

 聞こえてくるのは、スズムシやコオロギのような、何かの鳴き声だけ。静かだが寂しさはない。どこかうっとりとしてくるような落ち着きに満ちた空間だった。


 ベンチに腰掛けた自分の前にしゃがんでいるユリンに対し、雄弥はふと、話しかける。


『……血の痕か』


『そうですよ。寝る支度をしてたら山頂から大きな爆発音が聞こえて、でも行ってみたら誰もいない。そしたら地面に血の滴が落ちているのが星の明かりで見えたから、それを辿ってここまで追っかけてきたんです』


 ユリンはやはり、どこか素っ気のない態度。


『見た目以上にひどい出血ですね……。こんなことを繰り返してたら、いつまで経っても怪我が治らないですよ。訓練も再開できないじゃないですか』


 雄弥はその言葉に一瞬目を開き、そしてすぐにうつむいた。


『……意味、無いと思うよ』


『え?』


 ユリンはぴたりと手を止める。

 

『意味が無い、とは?』


『……俺、忘れてたんだよ。自分がどんな人間か』


 それから雄弥は、ぽつぽつと話し出した。

 自身の生まれ、両親のこと。自分の出来の悪さと、それに相反する負けん気の強さ。しかし努力をしても成果の出ない虚しい日々、そしてそれを覆そうとした結果生まれた歪んだ自尊心。

 彼は長い間喋っていたが、おそらく途中からは自分でも何を言っているのか分からなくなっていただろう。


『これ以上訓練だのなんだのを重ねたところでなんにもならない。どうせいつまでたっても失敗しかしないさ。ユリンの期待に応えられる日は……絶対に来ない』


 彼がおずおずと口を動かす中、ユリンはその顔をじっと見つめて黙っている。彼女の瞳には怒りも軽蔑も無いが、皮膚を通り越して骨まで貫きそうな鋭さが宿っていた。


『それにあの時……エドメラルを倒してやろうって森の中に入った時……』


『俺がエドメラルと戦ってるユリンを見つけて最初に思ったのは、ユリンが無事だったことそのものに対する安堵じゃない。ユリンが無事だということは、エドメラルはユリンの防壁を破るほどの攻撃力を持たない、だから俺の魔術なら倒せる。……そんなことだったんだ。自分のことだけしか、頭になかった』



『そんな最悪な奴なんだよ……俺は……』



 それからしばらくの間、沈黙が腰を下ろした。

 いつのまにか虫の声が聞こえない。風もなく、街道から離れたこの場所には車の音も届かない。人通りなどもっと無い。互いの微かな呼吸音だけが、2人の耳に入っている。

 雄弥は顔を下げて自分の膝を眺めている。彼には、ユリンがどんな表情をしているのかは分からない。いつのまにか彼の右肘は元通りに繋がっており、ユリンの手からは治癒の光が消えている。



 ____どのくらい時間が経ったか。

 



『……あなた、なにか勘違いをしているようですね』


 


 口を開いたのはユリンだった。

 その口から出たのは、実に突拍子のない言葉だ。


『勘違い……?』


『ひとつめの勘違い。人はどこに行っても変わらない、と言いましたが……ユウヤさん、少なくともあなたは変わりましたよ』


『は?』


 変わった、だと? 誰が。……俺が?


『今の話を聞いた限りでは、あなたはもといた世界でも相当に不器用な方だった。勉強もダメ、運動もダメ。なるほど確かにあなたは出来損ないですね。それもかなりの筋が入っている……』


『……』


 自分のことは改めて嫌というほど理解した。彼女のいうことは全て正しい。だが……いざ他人の口からはっきりと言われると、想像以上にこたえるものがある。


『でもあなた、努力そのものは続けていたみたいじゃないですか』


 ……は。


『……なに?』


『どんなに結果が出なくとも、それでご両親にどれだけなじられようとも、諦めることはしなかったんでしょう? 頑張っていたんでしょう? 変わったのはそこです。訓練に意味が無い? 転移する前は、そんな無駄ともとれる努力を惜しみもしなかった者とは思えないセリフですね』


『……!』


 そういえば……なんで俺は……?


『分かりますか? あなたが見失ったのは、自分が出来損ないであるという現実だけじゃない。あなたが本来持ち合わせていたはずの、自分自身に抗い続ける強い精神力です』


『強……い……? 俺が……?』



 ……いや違う。それは違う。

 俺は負けるのが大嫌いだった。負けた自分を見るのが、認めるのが大嫌いだった。それだけだ。精神力がどうとかじゃない。ただ単にクソみたいな自尊心を守ろうとしただけなんだ。

 へっ、今思うと最高に見苦しいな。布団に丸まりたくなってきた。

 


『……俺に強さなんぞあるわけない。もしそうなら、こんな負けっぱなしの人生を歩んじゃいない』


『そうじゃない。強いことと勝つことには何の因果関係もありませんよ? そうですね……例えるなら、拳法で世界一の腕前を持つ人でも、何の武器も持っていない状態では戦車相手には歯が立たないでしょう? ……あれ、ちょっとズレてるかな。まぁつまり、力の差を埋めるには限度があるってこと。あなたの精神力は、あなた自身の出来の悪さまでは補填ほてんできていないってことです』


『……』 


 いつもの雄弥であれば、こんなことを言われては黙っていられなかっただろう。しかしもはや彼の本能が悟ってしまっていた。ここで苦し紛れに反論したところで余計に惨めになるだけだと。それどころか自分にはその資格すら無いと。


『そして2つ目の勘違い。ユウヤさん、この際だからはっきり言っておきます。私は最初から、あなたにはこれっぽっちの期待もしてはいません』


 畳み掛けるように放たれた、容赦の無い厳しい言葉。雄弥の全身の鳥肌が一斉に起立し、首根っこが凍りつく。顔が一層上がらなくなってしまう。


『だってそうでしょう? 私とあなたはまだ出会ってから1ヶ月も経っていない。お互いのことを何も知らないじゃないですか。好きなものは何か。逆に嫌いなものは何か。どんなことに笑い、怒るのか。そして……どんなことが得意なのかも。これで何を期待しろと? 期待というのはその相手に対する信頼から起こるものです。私はまだその信頼ができるほど、あなたのことを知りません』


『……そうだな。そう、だよなぁ……』


 他人の口から晒された己の恥部は、生々しいなんてものじゃない。恥を知るとはこういうことか。こういうものを言うのか。

 脳が本能的に、彼女の言葉を聞くことを拒否しているのを感じる。だが生憎人間の耳に蓋は無い。手で塞ごうにも身体が硬まって動かない。自業自得とはいえ、この状況はもはや拷問同然だった。


 

 気づくと、わずかに夜風が吹き始めていた。

 

『ところでユウヤさん、いつまで下を向いているつもりですか。お話しする時はちゃんと相手と目を合わせてください』


 しかし彼は動かない。いや動けない。ベンチに座り、両手を組み合わせ、肩を小刻みに震わせる。

 ユリンは今、どんな顔をしているのだ。眉間にシワを寄せて怒りを顕しているのか。目を細めて冷ややかに軽蔑しているのか。目尻と口角を下げて、呆れ返っているのか。

 考えれば考えるほど彼女の顔が見られなくなるのだ。


 その時、雄弥の両頬に手が添えられる。


『……ほら、こっちを見て』


 彼はその手に誘導される形で顔を上げ、ユリンと面を合わせる。最初の1、2秒間は星々の逆光で彼女の表情が見えなかったが____


『……!?』


 雄弥は目を見開いた。


 彼を真っ直ぐに見つめるユリンの視線は穏やかだった。慈しみが込められた、情の深いものだった。


『そうそう。ここでまた勘違いしないでくださいよ。私はあなたに期待はしていませんが、失望もしていない。まぁつまり何とも思っていません。まだ、ね』


『……まだ……?』


『ええ。あなたと私の間に人としての関係が生まれるのはこれからってことです』


『……だから、俺の話聞いてたのか。そんなもんもう決まりきってるだろ。俺はあの時、ユリンのことをまるで____』


『そうですねぇ。私や他の兵士の方たちを無視して、自分の活躍の場を設けることだけを考えていた。確かに、人としてあまり褒められたさがではありませんねぇ』


 彼女はそう言うと少し悪戯いたずらっぽく微笑んだが、すぐさま真っ直ぐな表情に戻る。


『……でもあの時あなたが駆けつけてエドメラルの気を引いてくれなかったら、私の魔力が底をつき、犠牲者がもっと増えていたかもしれない』


 ユリンは手をそっと動かし、彼の頬を優しく撫でる。


『あの場であなたが行ったことは確かに間違いだった。……でも私が、私たちが助けられたのもまた事実。だから私も謝ります。……ごめんなさい。お礼を言っていなくて』


 雄弥は彼女の唐突な謝罪に、安堵ではなく焦燥にも近い困惑を覚える。


『か、関係ない。俺が滅茶苦茶やったってのは変わらない。ありがとうは違うだろ。お前だって言っていたじゃないか。下手したら俺は、あの場にいた人たちを殺していたかもしれなかったんだぞ』


『その通り。あなたは運がよかったんです』


『は?』


『あの時あなたが暴発させた魔術は上空に逸れ、あの場にいた誰にも当たってはいない。不幸中の幸い、あなたはまだ取り返しのつく間違いしか犯していないってことです。まぁそうでなければ……私はあなたを絶対に許さなかったでしょうけど』


『でも! 間違いであることには変わらない……!』


『取り返しがつくなら、修正すればいいだけ。あなたはまだ十分にやり直せるところにいるんですよ』


『やり……直す……?』


 するとユリンは、俺の顔から手を離す。

 

『……さて。それでははっきりさせましょう。あなたはさっきこれ以上の訓練は無意味だと言いましたが……どうしますか? ここで止めるか、それとも続けるのか』


『え……』


『決めてください。今この場で、自分の意志で。転移させたのはこちらの一方的な都合とはいえ、この世界に残留することを望んだのはあなた。自分の進む道は自分自身で選ばなければならない。他人に依存した決断には、すぐに言い訳が出来上がってしまうから』


 再び、2人の間に沈黙が訪れる。


 周囲に風が吹き込める。掠れた声を上げながら。

 木にう若葉は身をひねり、地に落つ枯葉はくうを舞う。

 目の前にいる少女の髪も、ふわりふわりと踊っている。


『仮にもしあなたがやめると言っても、私はあなたを責めません。今後の生活についての用意もありますから、そこは心配しないでください』


 用意、か。ここでリタイアしても、野垂れ死ぬことはないんだな。ここで……いいのか、それで。

 この世界に残ることを決めたのは俺。なら今のこの状況も、全て俺にるものだ。自分の間違いを正せるのも自分だけ。周囲の人が何をどれだけ言おうが、本人の気持ちがなければ一生直らない。

 つまりここでやめるのは、俺はこの先の人生をずっとこのままで歩んでいくことになるということ。


 ……そんなのダメだ。良いわけがない。


 もといた世界で周りの人間に負け続け、この世界に来て自分にすら負ける。そんな状態のままでいいはずがない。

 そうだろ。俺は負けるのが嫌いなんだ。たとえ相手と自分に圧倒的な力量差があると分かっていても、負けたくないんだ。

 それがどうした。今の俺は、自分自身にすら負けようとしている。菜藻瀬雄弥なもせゆうやにだぞ? 俺が知る限り最も弱く、最も無能な人間だ。そんなカスみたいな奴に負けるんだぞ。嫌なんてもんじゃない、ストレスで蕁麻疹じんましんが出そうだ。やめるわけにはいかない。諦めてなるものか。


 でも……俺にその資格が?



『……続けても、いいのかな』


 無意識のうちに言葉がこぼれた。ユリンは間をおかず、答えを返す。


『いいのかな、じゃダメです。決めるのはあなた。どうしよう、ではなく、どうするんです?』


 どうするのか。俺は、どうする。どうしたい。

 変わりたい。戻りたくない、前に行きたい。成長したい。上達したい。大きくなりたい。認められたい。


 ____違う、そうじゃない!


 その考えは捨てるんだ。その身の程知らずな欲求が、俺をさらにさびつかせる。

 前提がある。駄目な自分。できない自分。惨めでみにくく、見苦しい自分。

 それを受け入れる必要はない。ただ、絶対に忘れちゃならない。あくまでも俺はちっぽけで、凄いのはこの魔力だけだ。

 

 魔力を我が物とするんじゃない。この莫大な力を

 俺が、他でもない俺が、この魔力に見合う者にならなくちゃならないんだ。

 


『ユリン』


『はい?』


『俺は魔力の制御を、魔術を教えてくれと頼んだ。……でもそうじゃなかった。それが俺の間違いの始まりだった』


 どんなに素晴らしい科学技術でも、使う者によってそれは善にも悪にもなる。人々を助ける道具になるか、人を殺す兵器になるか……。それと同じだ。俺の中にあるのは、そんな紙一重の表裏を持つ力。俺は……やっと理解した。


 力というのは、それを有する者が使が1番肝心。


 あのアルバノという人の言う通りだ。使い手がこのザマでは話にならない。

 確かな力を手中に収めた。そういう意味では、俺は自分を変えるという目的自体は達成できているのだ。 

 だが……俺という人間の中身に変わりは無い。力を持つ者としての責任、そしてそれを成すための自制の心。生まれついての役立たずだった俺はそれらを一切持ち合わせていないのだ。


 このままじゃダメだ。貰い物の力に対して舞い上がることしかしないいやしく浅はかな性根。これをなんとかしない限り、俺は成長どころか人としてさらに劣化する。

 変わりたいとか、どうせ変われないとかじゃない。俺は変わらなければならないんだ。目を向けるべきは魔力やその使い方などではなかった。今ここにいる、菜藻瀬雄弥なもせゆうやという人間そのものじゃないか。


 "変化"はあった。"機会"も得た。ならば、今の俺にとって本当に必要なのは____



『……修正だ。今までの自分を修正する。俺はやる。やってみせる。いや、やらなきゃならない。だから、その……手伝ってください』



 雄弥はベンチから立ち上がると、目の前の彼女に対して頭を下げた。

 

 地平線の向こうから、日が覗き始めている。いつのまにか風が止み、かわりに鳥のたのしげな声が響いている。

 そして、日の光が2人に届き____



『お任せあれ。微力ではありますが、私にできることならなーんでもしますよ』



 それに照らされたオレンジ色の髪をきらめかせながら、ユリンはにっこりと笑った。

 


* * *



 2人は並んで歩き、帰路についていた。街道にはすでに、会社員らしき人々がちらほらと見えている。

 なお雄弥は、公園から出る際にユリンが持参したサングラスを掛けさせられており、朝っぱらからそんなものを掛けて出歩くことを不審がる人々の視線に晒されていた。


『……なぁ、これ逆に目立つんじゃないの?』


『そうですよねぇ。早いうちに何か他の方法を考えておきますね』


 相も変わらず、雄弥はその理由は聞かされていない。しかし今の彼にそんなことはどうでもよかった。

 朝日だ。今の彼の心はまさしく、昇り行く朝日のように晴れ晴れとしていた。進めてはいない。だが前がよく見える。自分が踏んでいくべき道が、しっかりと目に映っている。


 ……でも、ひとつ不安もあるわけで……。



『……頼んでおいてアレなんだけど、ユリンは本当にこんな奴の面倒なんか引き受けていいの』


『もっちろん。それが私の役目ですから』


『欠陥だらけの人間だぞ。覚えも悪い、動きも悪い、おまけに人柄まで悪い』


『ぜーんぜん構いませんよ。生徒であるあなたができない分だけ、先生である私が頑張ればいいだけなんですから。出来損ない1人の面倒も見れないで、何が先生ですか』


 ユリンは胸をどんと叩く。


 雄弥は自分の愚かさをさらに呪った。こんな人を、危うく自分の手で殺すところだったのだ。


 彼は誓いを新たにする。魔力だけではなく、この人に、ユリン・ユランフルグに見合う人物になろうと。そしてあの時自身の術に巻き込みかけた他の兵士達に対して詫びるためにも、一人前の働きができるようになろうと。


 朝が、やって来た。


















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